損害賠償請求は誰にすれば良いのかな?
だけど、教習指導員や、教習所に責任を問うことができるケースもあるよ。
今回の記事では、教習車と事故を起こしてしまった場合の損害賠償請求について、詳しくみていこう。
目次
教習車と事故を起こしてしまったら
運転者の責任が原則
教習車で事故を起こしてしまった場合、その責任は原則として運転者が負います。
これは、車両の運転者が仮免許しか持っていなくても、免許を持っていなくても変わりません。
なお、道路交通法では、仮免許も免許の一種ですが、このコラムは、仮免許は仮免許、運転免許は公道を1人で運転できる免許のことを指すこととします。
教習車の運転者は、事故の被害者が被った損害を賠償する責任を負います(民事責任)。
また、罰則が定められている行為を行った場合には刑罰が課される可能性があります(刑事責任)。
さらに、違反点数制度の適用もあり、違反行為に応じて違反点数が加算されますし、仮免許の取消処分や違反行為がある場合には反則金を納付することもあります(行政責任)。
教習指導員の責任
教習車には、教習指導員が乗車しています。
教習指導員は、教習者の運転者が事故を起こした場合、事故の被害者に対して損害賠償責任を負わないのでしょうか。
教習指導員は、教習生に対して指導・助言をするほか、危険が生じた際には、できる限り危険を回避する、又は、回避させる義務を負っています。
しかしながら、教習指導員のこれらの義務は、あくまで補助的なものです。
教習指導員が事故の損害賠償責任を負うのは、教習指導員が明らかに義務に違反していた(よそ見をしていた、居眠りをしていた等)場合で、かつ、教習指導員の義務違反と事故の発生との間に因果関係がある場合となるでしょう。
例えば、教習生が前方をよく見ておらず、前方車両に追突した場合において、教習指導員が補助ブレーキを踏めば、容易に事故を回避できたにもかかわらず、教習指導員が居眠りをしていた場合などを挙げることができます。
実際上は、教習指導員が事故の被害者に対して損害賠償責任を負う事例は多くないと考えられます。
教習所の責任は問えるか
使用者責任
民法715条1項は使用者責任を定めており、使用者責任が成立すると、教習指導員の雇用主である教習所も被害者に対して損害賠償責任を負います。
民法715条の条文は次のとおりです。
(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
使用者責任が成立するためには、
- 被用者(従業員)が第三者に対して不法行為をすること
- 被用者(従業員)と使用者(会社)との間で雇用関係があること
- 被用者(従業員)が事業の執行について不法行為をしたこと
という要件を満たす必要があります。
上記3.の事業の執行についてというのは、少し難しいですが、このコラムでは、仕事中にと理解してもらえば構いません。
上記の教習指導員の居眠りの例に沿って説明していくと、
- 教習指導員の居眠り、補助ブレーキを踏まなかった行為は教習指導員の被害者に対する不法行為となります。
- 教習指導員と教習所との間には、雇用関係があります。
- 教習指導員は教習中、つまり、仕事中に不法行為をしています。
そうなると、使用者責任の要件を満たしますので、教習所も被害者に対して損害賠償責任を負います。
使用者責任が成立する場合の教習指導員と教習所との損害賠償責任は、連帯責任とされており、教習指導員又は教習所の支払う賠償額が最終的に被害者の損害に達すれば足ります。
例えば、教習指導員が損害の50%、教習所が損害の50%を賠償しても構いませんし、教習所が損害の100%を賠償しても構いません。
運行供用者責任
運行供用者責任は、自動車損害賠償保障法3条に定められている責任です。
運行供用者責任が認められると、運行供用者(教習所)も被害者に対して損害賠償責任を負います。
自動車損害賠償保障法3条の条文は次のとおりです。
(自動車損害賠償責任)
第三条 自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。
運行供用者責任が成立するためには、
- 運行支配があることと
- 運行利益を得ていること
の2つの要件を満たす必要があります。
この2つは少し難しい概念ですので、ここでは、
- 運行支配は、自動車の使用等をコントロールできる立場
- 運行利益は、自動車の利用によって何らかの利益(金銭的利益のほか、社会通念上の利益でも良いとされています。)を得ていること
と理解してもらえれば良いと思います。
教習車について見てみると、1.教習所は教習車をコントロールできますし、そのうえで、教習生に対して貸し出しています。
2.教習所は教習車によって利益を得ています。
そうなると、運行供用者の要件を満たしますので、教習所も被害者に対して損害賠償責任を負います。
ただし、運行供用者責任は、人身損害(怪我等)を対象としてますので、物的損害(車両の損害等)のみの事故の場合には、教習所に運行供用者責任を問うことはできません。
運行供用者責任が成立する場合の運転者と教習所との損害賠償責任は、連帯責任とされており、運転者又は教習所の支払う賠償額が最終的に被害者の損害に達すれば足ります。
例えば、運転者が損害の50%、教習所が損害の50%を賠償しても構いませんし、教習所が損害の100%を賠償しても構いません。
教習車が利用できる保険
特別な保険は、路上教習中の事故をカバーできないから、任意保険にも加入しているんだ。
教習所は、教習車に、一般車両と異なる特別な保険(総合補償保険)をかけています。
総合補償保険は、教習所構内で行われる教習中の事故や路上教習中の事故をカバーしています。
ただし、教習所構内で行われる教習中の事故では被害を受けた第三者の損害をカバーしているのに対し、路上教習中の事故で被害を受けた第三者の損害はカバーしていません。
損害については、総合補償保険の適用があれば、人身損害(怪我等)及び物的損害(車両の修理費等)もカバーされます。
その他、教習所の施設が原因で怪我をした被害者に対する賠償や従業員が労災で怪我等をした場合もカバーしています。
また、教習所では、総合補償保険の他に、教習車に対して、任意保険をかけて、路上教習中の事故で第三者に被害が出た場合もカバーしているものと考えられます。
少し話が変わりますが、家族が車両を持っていて、任意保険をかけている場合、教習生の運転している教習車にも適用があることがあります。
適用があるかないかを確認する場合には、仮免許でも適用があるかを確認してください。
例えば、「夫婦限定」や「35歳以上限定」などと限定が付されている場合には、仮免許の運転者には適用がないと考えてもらった方が良いでしょう。
仮免許の際の事故は免許取得に影響があるのか
仮免許で運転中に事故を起こした場合、免許取得に影響があるのでしょうか。
道路交通法114条の2第1項は、仮免許の取消処分も予定しています。
各都道府県で事務取扱要綱等を定めており、概ね免許の取消処分に準じるように定めているようです。
道路交通法103条に定められている事項に該当すると、仮免許の取消処分がなされることがあります。
具体的には、自動車の運転で人を死傷させた場合や救護義務違反等が挙げられています。
仮免許を取り消された場合、実務的には教習所で補充教習を受けて、再度、仮免許を取得することも可能です。
そして、運転試験免許に合格すれば、免許を取得できる可能性があります。
ただし、上記の仮免許の取消処分の理由となった事由は、免許の拒否や保留の事由ともなっていますので、仮免許の取消処分を受けた人は、運転免許試験に合格しても、免許の拒否や保留とされることもあります。
仮免許運転の際の事故の注意
教習車での事故
教習車での事故については、今まで述べてきたとおりです。
民事責任、刑事責任、行政責任が発生しますが、民事責任については、多くの場合、教習所のかけている保険でカバーされると考えられます。
教習車以外での事故
公道で教習車が仮免許運転中の標識を掲示しているのを見たことがあると思います。
教習車には、教習指導員が乗車していますし、教習指導員用のミラー及び補助ブレーキが設置されています。
しかしながら、仮免許を持っている人は、自分の車を公道で運転することもできます。
仮免許で公道で車両を運転する際には、免許を取得して3年以上経過した人が助手席で指導すること、仮免許練習中の標識(仮免許練習中標識)を掲示すること、練習目的で運転すること(レジャーや移動目的での運転はできません)などの条件を満たす必要があります。
仮免許で公道で車両を運転していて事故を起こした場合はどうなるでしょうか。
基本的には、通常の事故と変わりはありません。
当然、警察への報告義務がありますし、怪我人がいる場合には救護義務も発生します。
過失割合で、仮免許であることが特別に有利に修正されることはありませんが、仮免許で公道を運転する際の条件の一つである仮免許練習中標識を掲示している場合、初心者マークに準じて、過失割合に関して、多少の考慮(仮免許で運転していた者に有利に修正される)があると考えられます。
また、自宅にある自動車に任意保険がかけられている場合は、仮免許でも適用があるか事前に確認してから、公道で練習をするようにしてください。
阿部栄一郎
早稲田大学法学部、千葉大学大学院専門法務研究科(法科大学院)卒業。2006年司法試験合格、2007年東京弁護士会登録。
交通事故、不動産、離婚、相続など幅広い案件を担当するほか、顧問弁護士として企業法務も手がける。ソフトな人当たりと、的確なアドバイスで依頼者からの信頼も厚い。交通事故では、被害者加害者双方の案件の担当経験を持つ。(所属事務所プロフィールページ)
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故の加害者・被害者には、誰でもなり得るものです。しかしながら、誰もが適切に交通事故の示談交渉をできるわけではありません。一般の人は、主婦が休業損害を貰えることや適切な慰謝料額の算定方法が分からないかもしれません。ましてや、紛争処理センターや訴訟の対応などは経験のない人の方が多いと思います。保険会社との対応が精神的に辛いとおっしゃる方もいます。
不足している知識の補充、加害者側との対応や訴訟等の対応で頼りになるのが弁護士です。相談でもいいですし、ちょっとした疑問の解消のためでもいいです。事務対応や精神的負担の軽減のためでもいいですので、交通事故に遭ったら、一度、弁護士にご相談されることをお勧めします。