保険会社などを通さず、直接加害者に慰謝料を請求する事って可能なの?
交通事故に遭ってしまったら、加害者の保険屋に対して治療費や修理費などの損害賠償額を請求するものです。
しかし、被害者の過失が0の場合、自分の損保会社が示談交渉に参加してくれませんから、相手保険会社と自分自身で交渉をしなければいけません。
そのため、加害者に誠意がない場合や保険会社との交渉がスムーズに進まない場合などには、「加害者本人に賠償金を支払ってほしい」と考える被害者の方がおられます。
そんなとき、加害者本人に直接慰謝料や賠償金を請求することができるのでしょうか?
今回は、交通事故の慰謝料を加害者に直接請求できるのか、考えてみましょう。
目次
賠償金の支払い義務を負うのは、加害者本人
交通事故が発生すると、被害者にはさまざまな損害が発生します。
そもそも、そういった損害保険金の支払い義務を負うのは、誰なのでしょうか?
これについては「加害者本人」です。
加害者は、「交通事故」という不法行為を行った本人であり、損害賠償義務を負うからです。
そうであれば、被害者として、加害者に対して賠償金の請求することについて、何の問題もないとも思えます。
ただ、現実にはそのようにはいきません。
ほとんどのケースでは加害者の保険会社が加害者の代わりに示談交渉を代行するので、被害者が直接加害者とやり取りする例は非常に少ないです。
被害者が直接加害者へ賠償金の支払いを請求するのは、加害者が任意保険に加入していない場合くらいでしょう。
保険会社が示談交渉を代行できる根拠
交通事故の損害賠償金を負担すべき人は、本来的には加害者本人です。
そうだとすると、加害者の保険会社は、なぜ加害者の代わりに示談交渉を代行するのでしょうか?
ここには、少し複雑な事情があります。
まず、加害者と保険会社との間の自動車損害賠償責任保険契約(対人賠償責任保険、対物賠償責任保険)には、「示談代行の特約」がついています。
つまり、加害者が交通事故を起こして、人身損害や物的損害が発生して被害者に支払い義務を負ったときには、保険会社が示談交渉を代行するというサービスです。
この示談代行サービスを根拠として、保険会社は加害者の代わりに示談交渉を代行しているのです。
ただし、示談代行サービスについては「弁護士法」に違反するのではないか、という問題もありました。
弁護士法では、弁護士以外のものが、報酬をもらって他人の法律事務を代行することを禁止しているからです。
加害者の賠償金支払いに関する示談交渉は、「加害者の」法律事務ですし、保険会社は保険料という「報酬」をもらって示談代行を行うので、弁護士法違反ではないかと指摘されたのです。
この点について、保険会社は、「示談が成立した結果確定した賠償金は、保険会社が支払うのだから、示談交渉は他人の事務ではなく、保険会社自身の事務である。だから、弁護士法違反にならない」と主張しました。
この主張が認められて、現在は、一定の要件のもと、保険会社による示談代行が合法的なものとして認められています。
以上のように、保険会社による示談代行は、弁護士法という法律をわざわざクリアしてつけている加害者と保険会社の間の特約によって行われています。
被害者は、保険会社の介入を拒めるのか
基本的に、拒絶可能
ただ、このような特約をつけているのは、加害者と保険会社との間の事情であり、被害者にとってはあずかり知らないことかもしれません。
被害者自身が加害者の保険会社による示談代行を拒否して、加害者との直接交渉を求めることは、可能なのでしょうか?
実は、それは可能です。
そもそも、加害者と保険会社との示談代行サービスの特約は、加害者と保険会社との間の規律であり、被害者に強制できるものではないからです。
交通事故を起こして損害賠償義務を負っている当人は加害者ですから、保険会社と契約したからと言って、加害者が義務を免れることはありません。
実際に、加害者と保険会社との契約では、「被害者が、保険会社との直接交渉を受け入れない場合には、示談代行を行うことができない」とされています。
そこで、被害者がどうしても加害者の保険会社との示談交渉をしたくないのであれば、拒絶することができます。
他にどのような場合、示談代行ができないのか
加害者と保険会社との契約においては、被害者が拒絶した場合以外にも、保険会社が示談交渉をできないケースが定められています。
それは、以下のようなケースです。
- 任意保険が免責されるとき
加害者が極めて危険な方法で運転をしていた場合や契約違反行為をしていた場合、天変地異の場合など、任意保険が免責(賠償金支払い義務を負わないこと)される場合には、加害者の保険会社は示談代行を行いません。 - 加害車両が自賠責保険・共済に加入していない場合
加害車両が強制保険である自賠責保険会社や共済に加入していない場合には、任意保険は示談代行をしません。 - 損害額が自賠責保険・共済の限度額内に収まる場合
交通事故によって発生した賠償金額が、自賠責保険・共済の範囲内のケースでは、任意保険が支払いをする必要がないので、示談交渉の代行をしません。 - 損害額が任意保険の支払限度額と自賠責保険・共済の限度額を超える場合
加入している保険の限度額が小さく、損害額が明らかに保険(自賠責保険と任意保険)の限度額を超えるケースでは、示談代行サービスが行われないことがあります。
以上のような事情がある場合には、そもそも保険会社は示談交渉を代行しないので、被害者は加害者に直接慰謝料などの賠償金を請求することができます。
加害者への直接請求は違法なのか
だけど加害者が弁護士に依頼する事になると、直接請求が違法になってしまう可能性が高いね!
加害者と保険会社との間の示談代行サービスが有効なケースでは、被害者は基本的に保険会社と示談交渉を行うことになりますが、先に説明した通り、被害者が拒絶すれば保険会社が強制的に示談代行を押しつけることはできません。
ただ、その場合、被害者が加害者へと賠償金の直接請求ができるのかが問題となります。
基本的には違法ではない
まず、加害者へ直接請求することそのものが違法になるわけではありません。
先にも説明しましたが、交通事故の損害賠償義務を負うのは基本的に加害者本人だからです。
保険会社が示談交渉を代行するのは、弁護士法をクリアするためにいろいろな工夫をしてようやく認められている例外にすぎません。
賠償義務を負う人に請求することは被害者の正当な権利行使なので、法的に問題はありません。
弁護士による介入が行われる可能性が濃厚に
ただ、現実には被害者が加害者に直接賠償金の請求を行うことは、非常に困難です。
なぜなら、被害者が加害者の保険会社との示談交渉を拒んだ場合、ほとんどのケースで加害者に弁護士がつくからです。
賠償金の金額が定まったとき、支払いをするのは加害者の保険会社ですから、保険会社にとって示談交渉は重要です。
自社が示談代行できないなら、弁護士を入れてでも有利に解決しなければならないという思いがあります。
そこで、被害者が示談交渉を拒絶したら、保険会社が弁護士を雇うので、加害者の代理人弁護士が被害者に連絡をしてきます。
弁護士が介入したらどうなるのか?
それでは、加害者に弁護士が就任すると、具体的にどのようなことが行われるのでしょうか?
内容証明郵便が送られてくる
この場合、まずは弁護士から「内容証明郵便」で就任通知書が送られてきます。
そこには「〇〇の交通事故の件については、〇〇法律事務所の弁護士が代理人として就任したので、今後の示談交渉や損害賠償については、すべて弁護士を通じて連絡するように。加害者への直接の連絡は厳に差し控えるように願います」ということが書いてあります。
つまり、弁護士が就任すると、被害者は結局弁護士と話をするしかなく、加害者へと直接請求することはできなくなります。
そして、多くの場合、加害者代理人弁護士は、加害者の保険会社の担当者よりさらに強硬な姿勢であり、被害者への理解や配慮がないことが多いです。
加害者の弁護士と被害者本人の力の差も歴然としており、素人である被害者が加害者の弁護士と示談交渉をしようとしても、極めて不利になります。
仮処分を申し立てられる
それでは、弁護士が就任した後も、被害者がそれに従わずに加害者に直接連絡を入れるとどうなるのでしょうか?
この場合、加害者の代理人弁護士が、「面談強要禁止の仮処分」という手続きをとる可能性が高いです。
面談強要禁止の仮処分とは、裁判所に申立をして、被害者が加害者に直接面談などの連絡を強要することを禁止させるための手続きです。
この仮処分申立ては通常認められますので、裁判所から被害者に対し「加害者に直接面談や連絡を強要してはいけない、直接連絡してはいけない、必ず弁護士を通しなさい」という命令が出てしまいます。
これは法的な命令ですから、被害者であっても必ず従わなければなりません。
つまり、被害者が加害者の保険会社との示談交渉を拒絶すると、結局加害者の弁護士が出てきて、弁護士との間で示談交渉するしかなくなる、ということです。
加害者への直接請求が違法になるケースとは
被害者の中には、加害者の弁護士から就任通知が届いても、加害者に請求を続ける方がおられます。
そのようなことをしていると、違法と評価される可能性があります。
以下で、どういった行動をとると違法になるのか、ご紹介します。
弁護士による介入通知を受けとってもしつこく請求
まずは、弁護士からの内容証明郵便を受けとった後、しつこく加害者に請求するパターンです。
加害者は弁護士を雇っているのですから、本来ならやり取りは弁護士を介して行わなければならないのに、加害者に無理矢理示談や支払いを強要することは違法です。
たとえば、加害者の自宅や職場に押しかけたり、しつこく電話をかけ続けたり家族に嫌がらせをしたりすると、違法と評価される可能性が高くなります。
仮処分を無視して請求
さらに一段階進み、裁判所で面談強要禁止の仮処分が出ているにもかかわらず、加害者への請求を続けていると、違法性がさらに顕著になります。
仮処分が出ているということは、「一切加害者に接触してはならない」という裁判所命令があるということです。
それにもかかわらず面談を強要することは、裁判所の命令を無視することですので、違法になるのは当然です。
仮処分命令が出ていたら、加害者に電話を一回かけただけでも「違法」と言われる可能性があります。
町で偶然姿を見かけて言葉をかけただけでも違法と言われるかもしれません。
仮処分命令が出たら、もう決して直接加害者には接触しないことです。
電話も手紙もメールもSNSもLINEも利用してはいけません。
加害者への直接請求のペナルティ
恐喝罪や強要罪などの罪を犯した事になってしまうから注意しよう。
もし、加害者の弁護士介入後にもかかわらず加害者への直接請求を続けていて違法と評価されたら、具体的にどのようなペナルティを受けることになるのでしょうか?
以下で、考えられるものを挙げます。
強要罪
まず、刑法上の「強要罪」が成立してしまう可能性があります。
強要罪とは、暴行や脅迫手段を用いて、義務のないことを無理に行わせることです。未遂行為も処罰の対象となります。
加害者は、示談交渉を弁護士に任せている以上、既に自分で示談交渉を進める義務を負っていません。
それにもかかわらず、示談に応じるように強制しようとすると、強要罪の構成要件にあてはまってしまいます。
強要罪の法定刑は、3年以下の懲役刑です(刑法223条)。
恐喝罪
次に、「恐喝罪」にも該当してしまう可能性があります。恐喝罪は、人を脅してお金を支払わせることです。
加害者に対し、怒鳴ったり「犯罪者!」となじったり「会社に押しかけるぞ」「家族にも迷惑がかかるぞ」などと言ったりして脅すことにより、無理矢理賠償金を支払わせると、恐喝罪となります。
恐喝罪にも未遂罪があるので、相手が結果的に支払いに応じなかったとしても、脅した時点で恐喝未遂罪となります。
恐喝罪の法定刑は、10年以下の懲役刑です(刑法249条1項)。
慰謝料請求
さらに、なんと加害者から慰謝料請求されてしまう可能性もあります。
交通事故被害に遭ったのは被害者なのに、相手に無理に賠償金を支払わせようとすると、相手の方が精神的苦痛を被った「被害者」と評価されてしまうのです。
そうなったら、被害者と加害者が逆転します。
交通事故の被害者であっても、恐喝罪や強要罪の加害者になってしまうので、相手に謝罪して慰謝料を支払わなければなりません。
慰謝料を支払わなければ、(交通事故の)加害者から裁判を起こされてしまう可能性すらあります。
もちろんこのことによっても加害者の交通事故賠償金支払い義務はなくなりませんから、そちらについては別途支払い請求することができます。
そうであっても、交通事故被害者にとって非常に気分の悪いことは、間違いないでしょう。
任意保険会社に請求するメリットとは?
加害者への直接請求の場合、支払いができない事もあるんだよ。
さて、ここまでは、被害者が何とかして加害者に直接請求できないかということを考えてきましたが、少しその視点を離れましょう。
ここで強調したいことは、被害者にとっても、加害者に直接請求するより保険会社に賠償金の請求をした方が有利だということです。
それは、賠償金が支払われる確実性の問題です。
任意保険会社は、資金も潤沢にある営利目的企業です。
被害者との示談交渉では減額交渉をしてきますが、決まった賠償金については確実に支払います。
また、一定の賠償金支払い基準を設定してはいますが、少なくともその基準に従った支払いには応じます。
1億円の損害が発生していても2億円の損害が発生していても、必要ならば必ず支払ってもらえるのです。
これに対し、もし、加害者に直接請求をしていたら、加害者に資力が無い場合には、一切支払いを受けられないおそれがあります。
そもそも加害者が逃げてしまい、示談の話合いができないことも多いです。
このようなことを考えると、加害者の保険会社とお金の話をすることにはむしろメリットもあると言えるわけです。
任意保険で支払えなかった分の差額は加害者に直接請求できるのか
最後に、任意保険会社と示談交渉をした結果の金額に不満がある場合の対処方法をご紹介します。
「任意保険会社との示談交渉時に妥協してしまって、満足な支払いを受けられなかったとき、加害者に追加請求できるのか」という問題です。
これについては、基本的に「不可能」です。
保険会社は加害者の代理人として示談交渉をしているのですから、加害者の保険会社と示談したということは加害者本人と示談したのと同じです。
示談書にも、加害者本人が調印します。
いったん示談書を作成してしまったら、その内容を覆すことは基本的に不可能だと理解しましょう。
まとめ
後遺障害が残ってしまった場合には、弁護士に依頼することで、更に賠償金のアップが望めるよ。
交通事故後、相手に保険会社がついているのであれば、基本的には保険会社と示談交渉を進めるべきです。
加害者に直接請求しても弁護士を立てられるだけなので、良いことはありません。
被害者が有利に進めるためには、被害者の味方になってくれる自分の弁護士を探して対応を依頼することです。
いったん示談を成立させてしまったら、加害者に直接請求することもできないので、くれぐれも慎重に対応しましょう。
自分で示談交渉を進めていて、示談書への署名押印をする段になったら、まずは交通事故トラブルに注力している弁護士を探して「本当にその条件で示談して良いのか?」を相談してみると良いでしょう。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。