交通事故には、「物損事故」があります。
物損事故とは、車が壊れたなどの物的被害しか発生していない事故であり、違反点数が引かれる事はありません。
このような場合、慰謝料はどのくらいになるのでしょうか?
物損事故で請求できる賠償金の種類や相場の金額を押さえておきましょう。
また、事故に遭った当初は痛みがないので現場では「物損事故」として届け出ても、後に痛みが発生して来たら、「人身事故」に切り替えることも可能です。
今回は、物損の交通事故の慰謝料やその他の賠償金の問題について、解説します。
目次
物損事故とは
交通事故には、「物損事故」と「人身事故」の2種類があり、どちらになるかによって、大きく取扱いが異なってきます。
物損事故になると、人身事故のケースより、賠償金の種類や金額が大きく減ってしまいます。
それでは、「物損事故」とは、どのようなケースを言うのでしょうか?
物損事故とは、「人身損害が発生していない交通事故」です。
つまり、人がケガをしたり死亡したりしなかった交通事故が、物損事故となります。
典型的なケースは、車が壊れたり傷ついたりしただけの場合ですが、建物が壊れた場合なども物損事故です。
車も壊れたし、中に乗っている人もケガをした、という場合には、「人身事故」となります。
- 物損事故
車が壊れたなど、物損しか発生していないケース - 人身事故
人がケガをしたり、死亡したりしたケース(自動車が壊れていても、人身事故になる)
まずは、この基本を押さえておきましょう。
物損事故と慰謝料
物損事故で慰謝料は発生しない
物損事故の場合、どのくらいの慰謝料が発生するのでしょうか?
実は、正確にいえば物損事故では、慰謝料が発生しません。
慰謝料とは、被害者が受けた精神的苦痛に対する賠償金です。
交通事故に遭うと、被害者は恐怖を感じますし、いろいろな後遺障害が残ったりもするので、大きな精神的苦痛を受けます。
そこで、それに対する賠償金として、慰謝料が認められるのです。
ところが、物損の場合、被害者はケガも死亡もしないのですから、さほど大きな精神的苦痛を受けることがないと考えられています。そこで、物損事故では慰謝料が発生しません。
このようなことを聞くと
「親から譲り受けた大切な車や、大事にしている高級車が壊れた場合、車の愛好家の場合などには、物損事故でも大きな精神的苦痛を受けるのでは?」
と思う方がいるかもしれません。
しかし、慰謝料は、被害者の主観ではなく、客観的な事情で判断されます。被害者の主観を基準にすると、被害者の感じ方によって、慰謝料が大きくなったり小さくなったりして、不公平になるからです。
そこで、その人がどのように感じるかはあまり問題になりません。
たとえ、親から譲り受けたとか、大切にしていた愛車が壊れたとしても、車が壊れただけであることに変わりない以上、慰謝料は発生しないのです。
実際に、今までの裁判例でも、車が壊れただけの事案で、慰謝料が認められた例は見られません。
このことは、車の破損以外でも同じです。
たとえば、車に積んでいた大切な品やペットが傷ついた場合などにも、慰謝料は発生しません。
ペットは、大切な家族の一員として扱っている人も多いのですが、法律上では「物」と同じ扱いとされるからです。
ペットがケガをすると、治療費が支払われますし、死亡したときには、ペットの時価が賠償金として支払われますが、こうした費用は慰謝料ではありません。
物損事故で慰謝料が発生するケース
ただ、物損事故でも、例外的に慰謝料が発生するケースがあります。
それは、物損事故の中でも、特に被害者が受ける精神的苦痛が大きいと考えられる場合です。
典型的なパターンは、車が家に突っ込んで家の一部を損壊し、居住利用者の生命や身体に危険を及ぼしたケースです。
このような場合、家に住んでいた人は、大きな恐怖を感じますし、修理の間も不便な生活を余儀なくされるので、慰謝料が発生しやすいです。
たとえば、車が衝突して玄関を壊されて、2ヶ月間ベニヤ板を打ち付けて生活しなければならなくなり、20万円の慰謝料が認められたケースなどがあります。
また、車が墓石に衝突して、破壊した場合などについても、慰謝料が認められやすいです。このようなとき、被害者が大きな精神的苦痛を受けることは容易に想像できるからです。
実際に、車が墓石を倒壊させて、骨壺が露呈してしまったケースにおいて、10万円の慰謝料が認められたケースがあります。
また、ペットが死亡したり、重大な後遺障害が残ったりしたケースでも、慰謝料が認められた事案があります。
裁判例を見ると、死亡した事案で5万円、重大な後遺障害が残った事案で40万円となっています。
人が死傷した場合に認められる慰謝料の金額とは大きな差がありますが、認められるのと認められないのとでは、大変な違いがあると言えます。
物損事故の場合の損害賠償の内容
物損事故の場合、慰謝料が発生しないとしたら、どのような損害賠償金を請求することができるのでしょうか?
以下で、順番にご紹介します。
車両の修理費用
修理費用の基本的な取扱い
まずは、車の修理費用が損害内容となります。
物損事故では、車が壊れることが圧倒的に多数です。
このような場合、被害車両を修理しなければなりません。
その場合、修理にかかる費用を加害者側に請求することができます。
請求金額は、「実際に修理にかかる費用の見込額」です。
物損事故に遭ったら、まずは車を修理工場に引き渡し、そこでどのくらいの修理費用が必要か、見積もりを出してもらいます。
そして、保険会社の担当者と調整を行い、最終的な修理費用を決定します。
その修理費用の金額が、損害の内容として確定します。
修理すべき内容や修理費用の金額について、被害者側と保険会社の間で意見が割れて、トラブルになるケースもあります。
実際に修理しなくても良い
修理費用を請求できる場合、お金を受けとっても、実際に修理する必要はありません。
少し傷ついただけなので、そのままの状態でかまわないのであれば、修理費用だけを受けとって、修理をしないことも可能です。
修理費用は、見積もり費用に対して支払われるものであり、実際に費用を支出した領収証を提出する必要はありません。
後から、修理した証拠の提出を求められることもないのです。
車の修理ができない場合
車の損傷が酷い場合(いわゆる全損)には、修理ができないこともあります。
その場合、車の買い換え費用を請求することができます。
買い換え費用を請求できるのは、車の修理が不可能な「全損」のケースです。
全損には、2つのパターンがあります。
- 物理的に修理が不可能なケース
実際に車がバラバラに壊れてしまった場合などには、車の修理が物理的に不可能になります。
その場合、全損として取り扱われて、買い換え費用が認められます。
また、表面上はあまり損傷していなくても、車の主幹部分が壊れていて修理が不可能であれば、物理的に全損として認められます。 - 経済的に修理が不合理なケース
物理的には修理は可能でも、経済的に修理が不合理であるケースがあります。
たとえば、古い車や走行距離が長い車の場合、もともとの価値が低いので、車の価値より修理費用の方が高額になってしまいます。
このようなケースでは、修理費用ではなく、買い換え費用が認められます。
買い換え費用として認められる金額
買い換え費用が支払われるとき、どこまでの支払いを受けられるのかが問題です。
この場合、新車の費用が支払われるわけではありません。
事故車の事故前の評価額が支払われることになります。
そこで、事故車が20万円程度の評価しかなければ、買い換え費用は20万円にしかなりません。
ただし、そのお金を使って新車を購入することは自由です。差額は、自分で支出する必要があります。
買い換える必要はない
車が全損状態となって買い換え費用の支払いを受けたときにも、実際に買い換える必要はありません。
車が要らないのであれば、お金だけもらっておくこともできます。後に、車を購入した証拠の領収証などを求められることもありません。
格落ち損
車が交通事故に遭ったとき、「格落ち損(かくおちそん)」が発生することもあります。
格落ち損とは、車が傷ついたり事故車扱いとなったりしたことにより、車の評価額が下がってしまうことによる損害です。
格落ち損を認めてもらいやすいケース
格落ち損は、必ずしも請求できるとは限りません。
認められるのは、比較的新しい車の場合や高級車、外車などのケースです。
目安としては、通常一般の車の場合、初年度登録以後3年以内であれば、評価損を認めてもらいやすいです。
外国車や国産の人気車種の場合には、初年度登録から5年以内、走行距離が5~6万キロ程度までのケースで評価損を認めてもらいやすいです。
ただ、3年や5年を超えていたら、評価損を認めてもらえない、ということではありません。実際に評価が減額されていることを証明できれば、登録後7年や10年経っていても、評価損が認められている裁判例もあります。
格落ち損が認められている割合
裁判をしたときに、格落ち損の損害賠償が認められたケースの割合は、全体として67.6%です。
初年度登録後1ヶ月以内、6ヶ月以内、1年以内の場合、8割以上のケースで評価損が認められており、3年以内の場合、70%台後半です。
5年を超えると50%台以下に低下してきます。
格落ち損の評価方法
格落ち損を評価するときには、事故前の車と同車種や走行距離の中古車と比べて、どのくらい減額されたかを計算します。
保険会社と示談交渉をするときには、評価損を認めてもらえないことが多いですが、裁判をすると、上記のように多くのケースで評価損が認められます。
車の価値が大きく下がってしまった場合には、弁護士に依頼して裁判をした方が良いケースがあります。
代車の費用
物損事故で車が壊れたら、代車が必要になるケースがあります。
その場合、代車費用も損害として認められます。
代車費用を計算するときには、基本的にレンタカー代を基準とします。
実際にレンタカーを使った場合に、実費としての代車費用の請求が可能となります。
使っていないのに「必要だから」という理由で費用だけをもらうことはできません。
また、代車費用もいつでも認められるわけではなく、代車の必要性があることが要求されますし、相当な範囲内に限定されます。
代車の必要性
代車の必要性が認められるのは、以下のようなケースです。
- 営業車として、車を使っている場合
ただし、予備の車があって、代替ができている場合には代車費用が認められません。 - 通勤や通学に利用している場合
この場合、基本的に代車費用が認められますが、電車やバスなどの公共交通機関を使うことができる場合、必要性がないと判断されることがあります。
以上に対し、単にレジャーや趣味などに利用しているだけのケースでは、必要性が認められにくいです。
相当な範囲内
代車費用が発生する場合、その範囲は必要な限度に限定されます。車種やクラスも相当なものとされますし、期間も限定されます。
代車のクラスとしては、交通事故で壊れた車と同程度の車種のレンタル費用が認められますが、高級外車の場合、国産の高級車に相当する金額までしか認められないことが普通です。
代車費用の期間は、修理にかかる期間や買い替えるときに必要な期間です。
保険会社の都合で修理期間が延びた場合には、期間中の代車費用を認めてもらうことができますが、被害者が無理な主張をしたために修理が遅れた場合などには、遅れた期間の代車費用を支払ってもらえない可能性があります。
たとえば買い換えの場合、代車費用が認められるのは1ヶ月程度が限度となります。
休車損害
休車損害とは、タクシー会社や運送会社などが交通事故に遭ったケースで、事故車を営業に使えなくなったことにより、発生した損害です。
本来なら、事故車を動かして収益を上げることができたのに、収益を得られなくなってしまうので、損害が発生します。
休車損害を計算するときには、事故前の事故車による収益から、ガソリン代などの経費を差し引くことによって、金額を算出します。
ただし、別に遊休車などがあって、それを使うことにより代替できた場合、休車損害を請求することはできません。
車以外の物損事故の場合には
車以外にも物損被害が発生することがあります。以下のようなものです。
- ガードレールや道路が壊れた
道路上のガードレールや道路そのものを破損した場合、道路の管理者は加害者に対し、修理費用の賠償請求をすることができます。 - 設備が壊れた
道路上や駐車場内のさまざまな設備を壊してしまった場合、それらの管理者や所有者は加害者に対し、損害賠償請求ができます。 - 家や建物が壊れた
他人の家の敷地内に進入して、壁や玄関など建物の一部を壊した場合には、所有者は車両を運転者に対し、修理費用の請求をすることができます。 - 積荷が壊れた
トラックなどが積荷を載せて走行していた場合、事故によって積荷が破損することがあります。そのような場合、積荷の評価額について、賠償請求することができます。 - ペットが死傷した
ペットがケガをしたときには治療費、死亡した場合にはペットの時価について、賠償金の支払いを求めることができます。
物損事故の損害賠償額の相場
物損事故の損害賠償額は、上記のような個別の損害をすべて合計した金額です。
たとえば、修理費用15万円と代車費用5万円、評価損10万円が発生した場合には、これらをすべて合計します。損害賠償金額は、30万円です。
ただし、ここから「過失相殺」をしなければなりません。
過失相殺とは、被害者に過失がある場合に、その過失分を損害賠償金額から差し引くことです。
たとえば、上記の事案で被害者の過失割合が20%なら、30万円×0.8=24万円の支払い請求が認められます。
物損事故から人身事故に切り替える事はできるのか
交通事故に遭ったとき、当初は痛みやしびれなどがなくても、2~3日くらい経って症状が出てくることがあります。
このようなとき、物損事故から人身切り替えとする必要があります。
物損事故は賠償金が少なくなる
物損事故のままでは、治療費や慰謝料、休業損害や逸失利益などの「人身事故の損害」を賠償してもらうことができないからです。
請求できるのは、上記で紹介したような車の修理費用などの物的損害だけです。
警察で人身事故への切り替えをする
人身事故に切り替えをするためには、まずは病院に通院した上で診断書をとり、警察に持っていきましょう。
すると、人身事故への切り替えの申請をして、切り替えを認めてもらうことができます。
ただし、切り替えをするためには、事故後早めに手続きをする必要があります。事故後10日~2週間以上が経過していると、切り替えは難しくなってしまいます。
保険会社に「人身事故証明書入手不能理由書」を提出する
もし、切り替えが間に合わなかったときには、相手方保険会社に対し「人身事故証明書入手不能理由書」という書類を提出しましょう。
この書類は、「なぜ、人身事故証明書を取得できないのか」という理由を説明するためのものです。
たとえば「事故時は痛みなどがなかったので物損事故として届け出たが、その後痛みなどが発生してきた」などと書いて提出しましょう。
提出すると、相手方の保険会社は、その交通事故を、「人身扱い」として扱ってくれるようになります。
すると、自賠責保険基準、任意保険基準、弁護士基準のいずれかで慰謝料を請求することが可能となります。
慰謝料の算定基準についてはこちらの記事をお読みください
休業損害などの人身事故の損害についても、保険金の支払いを受けられるようになります。
交通事故が起こったとき、痛みなどを感じなくても、後に症状が出てくることは多いので、事故時に衝撃を感じたら、できるだけ「人身事故」として届け出ることをお勧めします。
まとめ
物損事故のケースでは、慰謝料は発生しませんが、車の修理費用などのいろいろな損害について賠償金を請求することができます。
相手の保険会社との示談交渉がスムーズに進まない場合には、弁護士に相談すると良いでしょう。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。