交通事故が「労災」になるケースがあります。
その場合、交通事故でも労災保険を利用することができます。
交通事故で労災を使えるのは、どのようなケースなのでしょうか?また、労災からは、具体的にどのような支払いを受けることができるのかについても、押さえておきましょう。
今回は、交通事故で労災を使えるケースと方法について、解説します。
目次
「労災」とは
交通事故でも、「労災」を使えるケースがあります。
一般的に、「労災を使う」というときの「労災」とは、「労働者災害補償保険」のことです。
労働者が、労働中に事故や事件に遭ったり、業務が原因で病気になったり死亡したりした場合に、労災保険が適用されます。通勤災害の場合には、通勤と災害の間に因果関係が認められた時のみ労災の適用となります。
労災保険が適用されると、治療費や休業損害など、いろいろなお金の支給を受けることができます。
労働者を雇用する事業主の場合、雇用者は労災保険に加入しなければなりません。労災保険の保険料は、事業所が支払っているので、労働者自身は支払をしていません。
そこで、給与明細書を見ても、労災保険料の天引きはありません。
ただ、事業所がきちんと労災に加入しているので、何かあったときに労災を利用することができます。
また、稀に、きちんと労災に入っていない事業所や、労災保険に加入していない事業所もありますが、このような場合でも、事後的に手続きをとることにより、労災を利用することができます。
交通事故で労災を使用できる場合とは
交通事故で、労災が適用されるのは、基本的に業務中の事故や、業務が原因で損害が発生したケースです。
たとえば、仕事中に車を運転していて交通事故に遭った場合、仕事中に歩いていて車にはねられた場合などには、問題なく労災を適用してもらうことができます。
バスやタクシーなどの運転手が事故に遭った場合にも、労災となります。
また、業務中でなくても、通勤や帰宅途中の事故にも労災が適用されます。
これらの時間は、業務に準じたものとして取り扱われるからです。
労災の給付内容
それでは、労災が適用される場合、どのような内容の支給を受けることができるのでしょうか?
以下で、見てみましょう。
療養補償給付
療養補償給付は、いわゆる治療費のことです。
交通事故に遭った場合、病院で治療を受けることになりますが、その際の支払い方法で、労災を利用することができます。
一般的に、治療費については加害者や車の所有者の自賠責保険から支払ってもらうことが多いので、労災を適用出来る場合、労災と自賠責のどちらを利用すべきか、検討しなければなりません。
休業補償給付
休業補償給付は、いわゆる休業損害補償のことです。
交通事故に遭って、入院などのために仕事を休まなければならないケースで支給されます。
ただ、労災保険の場合、交通事故の休業損害とは計算方法が異なり、休業の4日目から給付基礎日額の20%分が支給されます。
傷病補償年金
治療を初めてから1年6ヶ月が経過しても完治しない場合には、傷病補償年金の給付を受けられます。
障害補償給付
いわゆる後遺障害に対する給付です。
業務災害に遭って治療をしても完治せずに後遺障害が残った場合に支給されます。
交通事故と同様、後遺障害には14の等級があり、認定基準も交通事故と同じになっています。
ただし、支払われるお金の計算方法は、交通事故の後遺障害慰謝料とは異なります。
介護補償給付
労災事故によって重傷を負い、被害者が介護を必要とする状態になってしまった場合に受けられる給付金です。
遺族給付金、葬祭料
労災事故で労働者が死亡してしまったケースでは、遺族に対する給付が行われます。
それが、遺族給付金と葬祭料です。
以上のように、労災が適用されると、さまざまな給付金を受けることができます。
交通事故の給付金と重複するものもありますが、独自のものもあるので、できるだけ多く支給を受けるようにしましょう。
交通事故に労災が適用される場合には、忘れずに労災の認定請求もしっかり行う必要があります。
労災で治療費を支払う
以下では、労災保険の具体的な使い方を、ご説明していきます。
まずは、労災で治療費を支払う方法です。
労災には、「療養補償給付」という給付金があります。
これを利用すると、労災から病院に対し、治療費を支払ってもらうことができます。
この場合、かかった治療費の全額が支払われますし、限度額もありません。
どれだけ長く治療にかかっても、労災から支払ってもらえるので、安心して治療を受けることができます。
また、労働者に負担割合はありません。無料で治療を継続することができます。
自賠責保険と労災の違い
交通事故の治療費は、自賠責保険を使って支払うことも多いです。
労災と使うのと自賠責保険を使うのとでは、何が異なるのでしょうか?
自賠責には、限度額がある
自賠責保険は、加害者が加入している自動車保険の1種で、交通事故の被害者に対する最低限の救済を行うことを目的としています。
自賠責保険を使って治療をするときにも、自賠責保険が治療費を全額負担してくれます。ただし、自賠責保険には、「限度額」があります。
通常の傷害の場合の限度額は、120万円となっています。
そこで、120万円を超えると自賠責保険は、治療費を出してくれなくなります。
超過分は、加害者が損害保険会社などの任意保険に加入していたら任意保険会社が負担しますが、任意保険に加入していなければ加害者本人が負担することとなります。
一方、労災にはこうした限度額がありません。
自賠責には、重過失減額がある
次に、自賠責には「重過失減額」という制度があります。
これは、被害者に重過失がある場合には、被害者に対する保険金を減額することです。
そこで、被害者に大きな過失がある場合、自賠責保険を使おうとしても、ほとんど保険金を支払ってもらえないことがあります。
このようなケースでは、任意保険会社の方も治療費その他の支払いに消極的になるので、被害者は誰からも治療費を支払ってもらえない、ということになりがちです。
自賠責保険の重過失減額の基準は、以下の通りです。
- 被害者がケガをした場合(後遺障害なし)
被害者の過失割合が7割以上になると、2割の重過失減額が行われます。 - 死亡事故や、後遺障害が残った場合
被害者の過失割合が7割以上8割未満…2割減額
被害者の過失割合が8割以上9割未満の場合…3割減額
被害者の過失割合が9割以上の場合…5割減額
これに対し、労災保険には重過失減額はありません。
どれほど高い過失があっても、全額の支給を受けることができます。
労災を利用するメリットとは
交通事故被害者の方が、治療費を支払うときに労災を利用すると、さまざまなメリットがあります。
賠償金がアップすることがある
1つ目は、賠償金が全体としてアップする可能性が高くなることです。
たとえば、治療費が120万円、慰謝料が100万円の合計220万円の損害が発生したとします。
このとき、被害者の過失割合が2割としましょう。
自賠責保険を使った場合、総損害額から2割の過失相殺が行われるので、相手に請求できるのは176万円です。
そして、120万円の治療費が支払い済みなので、被害者が受け取れる金額は、176万円-120万円=56万円となります。
これに対し、労災を使うと、慰謝料と治療費を別々に計算することになります(このことを、費目拘束と言います)。
そして、治療費については労災から支払い済みですが、慰謝料については100万円から2割の過失相殺が行われるので、相手に80万円の支払を請求できることになります。
少し難しいですが、被害者に過失割合がある場合には、労災を使った方が、相手に請求できる金額が大きくなることがある、ということを覚えておいて下さい。
相手が無保険でも全額治療費を支払ってもらえる
次に、相手が無保険のケースです。
自賠責保険を使って治療を受ける場合、自賠責保険の限度額を超える部分については、相手の任意保険会社か相手本人に請求するしかありません。
相手が保険に入っていなければ、加害者本人に治療費を請求するしかないのです。
しかし、多くの加害者は、親切に病院に対して治療費を全額支払ってくれることはないでしょう。
結局、被害者が立替払いをして、後になっても全額は支払ってもらえなかった、ということになります。
そもそも、相手から支払いがないので、治療を諦めてしまうこともあるでしょう。
これに対し、労災保険を利用すると、加害者が払ってくれるかどうかに関わりなく、労災保険が全額の治療費を支払ってくれるので、最後まで安心して治療を継続することができます。
重過失のケースでも安心
自賠責保険を利用して治療をしようとすると、被害者に重過失があるときに大きな問題が発生します。
自賠責保険には重過失減額がありますし、任意保険会社は被害者の過失割合の分は賠償金を支払いません。
そこで、こういったケースでは、任意保険会社は将来の負担を予測して、始めから治療費を支払ってくれないことがあります。すると、被害者としては、自分で費用負担をして通院するしかなくなります。
これに対し、労災保険を利用すると、被害者にどんなに大きな過失があっても無関係に全額の治療費を支払ってもらえるので、大きな安心感があります。費用のことを心配せずに、最後まで十分な治療を受けることができるでしょう。
治療が長びいても安心
自賠責保険を利用して治療をする場合、治療期間が長びいてくると、相手の保険会社から「早く治療を終わるように」「早く示談を始めたい」などと言われて、治療を打ち切るように言われることが多いです。
これは、治療が長くなると、治療費や慰謝料がかさんで、任意保険会社の負担が大きくなるからです。
被害者がそれでも治療を継続していると、保険会社は治療費の支払いを打ち切って、無理矢理治療を辞めさせようとすることもあります。
この点、労災保険を利用していたら、このような危険はありません。
どれだけ治療期間が長引いても、労災保険が全額治療費を出してくれるので、最後まで安心して治療ができますし、焦って示談をして賠償金を減額されることもありません。
交通事故では健康保険は使えないの?
交通事故後の治療にも、健康保険を利用できる
ところで、交通事故の治療に「健康保険」を利用したい状況があります。
健康保険とは、国民全員が加入している、病院治療を受けるときに使える保険です。
保険者によって、患者本人の負担額が違っており、多くの方の保険診療は3割になっていますが、高齢者などの場合には1割となっています。
交通事故後、自賠責保険を使って通院しているとき、相手の保険会社が治療費の支給を打ち切ってきたら、被害者は、自分の健康保険を使って通院することができます。
一般的に「交通事故の治療に、健康保険を使うことができない」と思われていることがありますが、これは、間違いです。
そのようなことを定めた法律も制度もありません。
それでは、どうして交通事故では健康保険を使えない、と思われているのでしょうか?
それは、病院の中に、健康保険の利用を断るものがあるからです。
自賠責保険を使って治療を受ける場合、治療方法は「自由診療」となります。自由診療とは、病院が自由に診療内容を決定し、費用も決定できる診療の方法です。
一般的に自由診療の場合、病院は健康保険よりも相当高い報酬計算方法を設定しています。
病院にしてみると、健康保険を適用されると、収入が低くなってしまいます。そこで、病院は、健康保険の利用を断るのです。
ただ、そのような扱いをせず、健康保険を受け入れてくれる病院も多いです。
交通事故に遭ったときには、そういった適切な対応をしてくれる病院を探して受診しましょう。
交通事故で、健康保険を適用する手続き
なお、交通事故の受傷についての通院に健康保険を適用するためには、健康保険組合または市町村(国民健康保険の場合)に、「第三者行為による傷病届」という書類を提出する必要があります。
これさえ提出しておけば、健康保険を使って交通事故後の治療を受けることもできるので、覚えておきましょう。
労災から休業補償を受けとる場合
労災から「休業補償給付」という、休業補償金を受けとることも可能です。
労災保険の休業補償給付は、自賠責保険の休業損害とは計算方法が異なります。
具体的には、基礎収入(事故前の収入)の8割の金額となります。うち6割の部分を基本の休業補償金、2割を休業特別支給金と言います。
このように、労災から支給される休業補償範囲は、基礎収入の8割になるので、自賠責の場合よりも少なくなります(自賠責の場合、収入額を証明できれば10割の請求ができるため)。
ただし、労災から先に休業補償を受けとったケースでは、残りの2割の部分について、後の自賠責に請求することができます。
反対に、自賠責から先に休業補償を受けとったケースでは、労災に請求ができないとも思えます。
しかし、実は「休業特別支給金」(基礎収入の2割の部分)については、自賠責保険から支給を受けていても、別途労災保険に請求することができます。
そこで、なるべく多くの休業損害の給付を受けたいならば、まずは自賠責に休業損害を請求して、残りの2割の部分を労災保険に請求すると良いでしょう。そうすると、120%の休業損害をもらうことが可能となります。
労災から後遺障害慰謝料を受けとる
次に、労災の後遺障害に対する給付について、説明をします。
労災で後遺障害認定を受けた場合にも、労災から後遺障害に対する一時金給付や年金を受けとることができます。
8級~14級の等級のケースでは、一時金のみですが、1~7級になると、年金ももらうことができます。
そして、一時金については、自賠責保険の後遺障害慰謝料と重複すると考えられていますが、年金については重複しないものと考えられています。
そこで、重大な後遺障害が残ったケースでは、労災と自賠責保険の両方に対し、後遺障害の認定を請求して、両方から支給を受けるようにしましょう。
労災の利用方法
労災を利用したい場合には、受けたい給付の申請用紙を書いて、労働基準監督署に提出します。
このとき、申請書に会社に記入してもらう欄がありますが、会社が協力しない場合には、空欄でも申請を受け付けてもらうことができます。
申請書を提出すると、労働基準監督署で調査が行われて、各種の支給の決定を受けることができます。
労災認定を受けるためには、しっかりと資料を揃えて、説得的に説明を行うことが大切です。
労災が認定されない場合には
もし、労災認定を受けられなかった場合には、都道府県の労働保険審査会に対し、再審査請求をすることができます。
それでも認められなければ、東京都の労働保険審査会に対し、再審査請求をすることができます。
それでも認められなかった場合には、裁判所で行政訴訟を起こすことにより、争うことも可能です。
きっちり資料を揃えて労災を認めさせるには、弁護士に対応を依頼することが一番です。
これから労災認定請求をしようとしている方や、労災認定を受けられなかった場合には、一度、弁護士に相談に行ってみることをお勧めします。
まとめ
今回は、交通事故と労災保険の関係について、解説しました。
交通事故に遭ったとき、業務中や通勤途中の事故で労災の適用があるなら、認定を受けて給付を受けるべきです。
自賠責保険とは異なる手続きがあるので、迷われたときには、交通事故トラブルに注力している弁護士に相談しましょう。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。