今回の記事では、ノーブレーキピストの危険性や交通事故を起こしてしまった時の慰謝料について、詳しく見ていこう。
最近では、健康を意識して自転車通勤をする人なども多くなっていますが、一部の自転車愛好家の間では「ノーブレーキピスト」という特殊な自転車が流行しています。
ノーブレーキピストとは「ブレーキのついていない競技用自転車」です。
急に止まれないので非常に危険であり「事故が起きやすい」と問題視されています。
今回はノーブレーキピストの競技用自転車はそもそも違法ではないのか、ノーブレーキピストの自転車で事故を起こしたらどのような責任が発生するのかなどについて、わかりやすく解説していきます。
ノーブレーキピストとは
そもそも「ノーブレーキピスト」とは一体何なのか、確認しましょう。
ノーブレーキピストの特徴
ノーブレーキピストは「ブレーキがついていない競技用自転車」です。
通常の自転車のようなハンドル下のブレーキがついておらず、急に止めることができません。
通常の自転車と違ってペダルを後ろ向きにこいでも空転せず、自転車に後ろ向きの力を加えることができます。
そこでノーブレーキピストの自転車を止めるには、後ろ向きにペダルを回して自分の脚力で減速・停止させなければなりません。
脚力の低い人の場合、いつまでも自転車を止められない可能性があります。
またペダルの回転を自分の足で強制的にロックし、滑らせて止まる方法もあります。
この方法を「スキッド」といいますが、やはり通常のブレーキとは異なり急には止まれません。
ノーブレーキピストにはブレーキ機能は期待できないのです。
そもそも「ピスト」とはフランス語で「自転車競技場」や「競技用トラック」を指す言葉であり、ノーブレーキピストは「競技用」のトラックレーサーです。
加速しやすくスピードを維持しやすい構造となっていますが、「停止」については機能がほとんどありません。
競輪場内であれば特に問題がありませんが、公道上で運転することは予定されておらず、非常に危険な乗り物となります。
なお日本では単に「ピスト」や「ピストバイク」と呼ばれるケースもよくありますが、本来は、ピストやピストバイク(競技用自転車の意味)にはブレーキ機能がついているものも含まれるので、これらの呼び方は正確ではありません。
通常の自転車をノーブレーキにしてしまう若者も
後に詳しく説明しますが、日本では公道上でノーブレーキピストを運転することが禁止されるので、正規の自転車販売店でノーブレーキの状態での自転車が販売されることはありません。
しかし最近では、自分で自転車を改造して「ノーブレーキ」にする人が増えています。
ノーブレーキの方が車体のシルエットはシンプルとなり格好良く、専門性が高いイメージがあるためです。
ペダルが空転しない競技用自転車を買ってブレーキを取り外せば、簡単にノーブレーキピストにできます。
しかしブレーキのない自転車は非常に危険で交通事故を起こす危険性が高く、公道上での使用は禁止されているので、自転車を勝手に改造してはなりません。
ノーブレーキピストの危険性
だから歩行者や車にぶつかってしまう可能性が高いんだよ。
公道上でノーブレーキピストを運転するとどういった危険性があるのか、みていきましょう。
減速しにくい、急に止まれない
ノーブレーキピストは、ブレーキ機能がないために何かあっても急に止まれません。
たとえば前にいきなり人が飛び出してきたとき、物にぶつかりそうになったとき、車に衝突しそうになったときなど、通常の自転車であれば急ブレーキをかけて停車し、事故を回避できます。
しかしノーブレーキピストの場合、ペダルを後ろ向きにこいで徐々に減速するか足でロックするしか手段がありません。
急に止まれないので、人や物、車が目の前に現れたら衝突するしかなくなります。
ノーブレーキピストによる事故が多発
実際、ノーブレーキピスト自転車が流行し始めてから、このタイプの自転車による交通事故が非常に増えました。
ノーブレーキピストの自転車が加害者になるケース
ノーブレーキピストの自転車を運転しているときに歩行者が接近すると、衝突して自転車が加害者となってしまいます。
減速できないのでスピードが出たままぶつかり、歩行者に大きなダメージを与えてしまうケースも多数です。
相手が高齢者の場合、死亡したり重大な後遺障害が残ったりする可能性も高くなります。
そうなれば、自転車の運転者には
- 「過失運転致死傷罪」
- 「危険運転致死傷罪」
となって重い刑罰が適用されます。
ブレーキを外して違法改造した自転車に乗っていたら情状が悪いので、初犯でも懲役刑が適用されて刑務所に行かねばならない可能性もあります。
もちろん民事的にも高額な賠償金が発生します。
ときには数千万円、億単位の賠償金支払い義務が生じるため、自転車保険に入っていない場合には大変な負担となるでしょう。
一生かかっても支払えない可能性があります。
ノーブレーキピストの自転車が被害者になるケース
ノーブレーキピストの自転車を運転していると、自分が被害者になる可能性も高くなります。
車が目の前にいるときに避けられないからです。
減速もできずに強い勢いで衝突し、重傷を負ったり死亡したりするケースも少なくありません。
しかもノーブレーキで運転していると、被害者側の過失割合が高くなるので満足に賠償金を払ってもらえない可能性が高くなります。
以上のように、ノーブレーキピストで交通事故を起こすと加害者側であっても被害者側であっても大変な目に遭います。
相手にも大きな迷惑をかけ、ときには死亡させてしまうリスクもあるので、絶対に公道でノーブレーキピストに乗車してはなりません。
ノーブレーキピストは日本では違法
交通事故を起こしてしまった場合には、最長20年の懲役刑になってしまう事もあるんだ。
ノーブレーキピストの自転車は法律上どういった取扱いになるのか、ご説明します。
ノーブレーキピストで行動を走ると道路交通法違反
日本では交通関係について「道路交通法」という法律が規制をしています。
ノーブレーキピストを含む自転車類は、道路交通法上の「軽車両」となります。
そして道路交通法では「ブレーキの備わっていない自転車を運転してはならない」と定められています(63条の9、第1項)。
【道路交通法第63条の9、1項】
「自転車の運転者は、内閣府令で定める基準に適合する制動装置を備えていないため交通の危険を生じさせるおそれがある自転車を運転してはならない。」
ノーブレーキピストを公道で走ると道路交通法違反になります。
ノーブレーキピストを運転した場合の罰則
道路交通法により、ブレーキの備わっていない自転車を公道上で運転した場合、「5万円以下の罰金」が適用されます。
現実に、ノーブレーキピストを運転していた人が道路交通法違反で罰金刑を受けた事例がいくつもあります。
ノーブレーキピストを運転していると「たとえ事故を起こさなくても取り締まりの対象になる」可能性があるので、絶対にやってはなりません。
ノーブレーキピストで交通事故を起こすとさらに重い刑罰が適用される
公道上でノーブレーキピストに乗ると、交通事故を起こさなくても道路交通法違反の犯罪行為ですが、交通事故を起こすとさらに重い刑罰が適用される可能性が高まります。
交通事故に適用される刑罰は「過失運転致死傷罪」または「危険運転致死傷罪」です。
通常の交通事故なら過失運転致死傷罪ですが、特に悪質で危険な場合には危険運転致死傷罪が適用されます。
危険運転致死傷罪には「懲役刑」しかなく罰金刑はありません。
また懲役の期間も非常に長く、最長20年にもなります。
自ら自転車を違法改造してブレーキを取り外し、公道上で乗り回して危険な交通事故を起こしたら「危険運転致死傷罪」が適用される可能性もあります。
そうなったら何年も刑務所に行かねばならず、人生をフイにしてしまうかもしれません。
この意味でもやはり、ノーブレーキピストは絶対に運転してはなりません。
ノーブレーキピスト自転車事故での賠償金、慰謝料
どんな賠償金が発生するのかもチェックしていこう。
ノーブレーキピストで自転車事故を起こした場合、どういった賠償金や慰謝料が発生するのかみてみましょう。
治療費や入院費、休業損害など
交通事故によって被害者に発生した以下の損害については、加害者が支払をしなければなりません。
- 治療費
- 入院雑費
- 入院付添費
- 交通費
- 休業損害
- 入通院慰謝料
- 介護費用
ノーブレーキピストで歩行者をけがさせてしまったら、上記のような賠償金を払わねばなりません。
一方、ノーブレーキピストで自動車などにぶつかって自分がけがをしたら、上記のような賠償金を相手に請求できます。
ただしその場合でも、ノーブレーキピストの場合には「過失割合」が高くなるので、過失相殺されてあまり多くの支払を期待できない可能性が高まります。
被害者に後遺障害が残った場合
交通事故の被害者に「後遺障害」が残ると、加害者は被害者へ高額な賠償金を払わねばなりません。
発生するのは「後遺障害慰謝料」と「後遺障害逸失利益」です。
後遺障害慰謝料
後遺障害が残ると、被害者は大きな精神的苦痛を受けます。
そこで加害者は被害者へ慰謝料を払わねばなりません。
慰謝料の金額は被害者に残った後遺障害の程度によって異なります。
重症の場合には3,000万円程度まで慰謝料が増額される可能性があります。
後遺障害逸失利益
後遺障害が残ると被害者の労働能力が低下するため、加害者は被害者へ「将来の減収分」の補償をしなければなりません。
これを「逸失利益」といいます。
ノーブレーキピストで歩行者をけがさせて後遺障害が残ったら、自転車の運転者は被害者へ1億円を超える賠償金を払わねばならない可能性もあります。
死亡した場合
交通事故の被害者が死亡すると、加害者は被害者に対し死亡慰謝料や死亡逸失利益、葬祭費を払わねばなりません。
死亡慰謝料
被害者が死亡した場合の慰謝料の金額は、2,000~3,000万円程度となります。
死亡逸失利益
死亡すると被害者は一切収入を得られなくなるので、その補償をせねばなりません。
金額は1億円を超えるケースも少なくありません。
葬祭費
被害者が死亡した場合の葬儀費用も加害者が負担します。
金額は実際にかかった額が基準となりますが、上限が150万円~200万円程度とされます。
過失割合について
ノーブレーキピストで事故を起こした場合、運転者の過失割合が高くなることに注意が必要です。
ブレーキのついていない自転車を運転すると「重過失」が認められるため、通常のケースより10~20%程度、過失割合が加算されます。
自分の過失割合が高くなると「過失相殺」により、相手から受け取れる賠償金が少なくなりますし(被害者の場合)、相手に支払うべき賠償金は高くなります(加害者の場合)。
自分が加害者になったらほとんど100%に近い賠償金を払わねばならないでしょうし、自分が被害者になるケースではほとんど賠償金を受け取れないリスクが高まります。
まとめ
ノーブレーキピストで交通事故を起こしてしまうと、罰せられてしまうから、絶対に乗ってはいけないんだね!
かっこいいからという理由だけでノーブレーキピストに乗って一生を台無しにしてしまう事がないようにしよう。
ノーブレーキピストの自転車を公道上で運転すると、それだけで処罰される可能性があります。
また交通事故を起こすと、被害者となった場合も加害者となった場合も重大な不利益やペナルティを科されます。
違法なノーブレーキピストの運転は絶対にしてはなりません。
自転車の趣味は合法的な範囲で楽しみましょう。
今後の参考にしていただけますと幸いです。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。