今回の記事では、交通事故の怪我により、退職、解雇された場合に受け取れる補償について見ていこう。
交通事故で大きなけがをすると、退職を余儀なくされるケースが少なくありません。
重大な後遺障害が残ったら、仕事を続けられなくなって解雇されるケースも。
そんなとき、加害者へ失職に対する補償を求められるのでしょうか?
実は交通事故が原因で仕事を失った場合、通常事案より慰謝料が増額される可能性があります。
また事故を起こしたからといって当然に解雇できるものでもないので、「解雇できる場合」と「できない場合」に関して正しく理解しておきましょう。
今回は交通事故のけがで退職したり解雇されたりした場合の慰謝料について、詳しく解説していきます。
目次
交通事故が原因で解雇される可能性は?
そもそも交通事故を起こしたとき、それを理由に解雇される可能性があるのでしょうか?
基本的には解雇できない
法律上、基本的に「交通事故を起こした」というだけの理由では解雇できません。
労働契約法によって解雇できるケースは非常に限定されており「交通事故を起こした」だけでは解雇事由にあてはまらないからです。
物損事故だけではなく人身事故を起こしたときも、それだけで解雇されたら不当解雇です。
万一解雇されたときには、会社を訴えれば従業員の地位に戻してもらえるでしょう。
懲戒解雇となってしまうケースとは
一方で、交通事故を理由に「懲戒解雇」される可能性もあります。
それは、非常に悪質な交通事故を起こして会社の評判を大きく落とし、会社に迷惑をかけた場合です。
たとえば信用を重視する大企業の役職者が「飲酒運転でひき逃げ事故」を起こし、大々的にマスメディアで報道されてしまったとしましょう。
会社に対する信用が失墜して売上げなども低下してしまうかもしれませんし、従業員の離職も懸念されます。
新卒採用も難しくなるでしょう。
そういった場合には、刑が確定した段階で懲戒解雇される可能性があるといえます。
また死亡事故などの重大事故を起こすと「実刑判決」がでて収監され、出社が難しくなります。
何か月も勤務できない日が続くと就業規則違反となり、解雇されるリスクが高まります。
交通事故後に退職を促されるケース
懲戒解雇されなくても、以下のような場合には復職が難しくなって自主退職を促される可能性があります。
- 専門職として雇用されたが、重大な後遺障害が残って予定された働きができなくなった
- 重度の高次脳機能障害になって仕事ができなくなった
- 全面的な介護が必要になった
ただし後遺障害が残ったからといって解雇できるものではありません。
労働者が前と同じ仕事をできなくなったとき、企業は基本的に別の部署に異動させたり別の仕事を与えたりして雇用を維持しなければならないからです。
そういった工夫を一切せずにいきなり解雇すると不当解雇となります。
どのような仕事を与えても雇用を維持できないケースで始めて解雇が認められます。
就業規則のチェックが必要
交通事故でけがをしてしばらく出勤できないなら、会社の「就業規則」をチェックしましょう。
この場合、「業務中の交通事故」か「プライベートな交通事故」かで取扱いが異なります。
業務中の交通事故のケース
業務による交通事故の場合には、法律によって「休業期間中」や「休業明け30日間」の解雇が禁止されるので、休業期間中や休業明け30日の期間に解雇されたら不当解雇となります。
また労災が適用され、労災保険から補償を受けられます。
ただし会社側が療養を行い「療養開始後3年後もけがが治らない場合には平均賃金の1,200日分を支払って解雇できる」という定めもあります。
これを打切補償といいます。
けがの治療があまりに長びくと、たとえ業務中の交通事故が原因でも解雇される可能性があるといえます。
プライベートな交通事故のケース
プライベートな交通事故の場合には、法律による解雇制限はありません。
ただし社内の就業規則に「私傷病休職制度」が定められていたら、その制度が適用されます。
就業規則で認められた休職期間中は解雇できませんし、規定内容に従って休業中の保障を受けられる可能性もあります。
一方で就業規則に私傷病休職制度がなかったら、仕事を休んでいると解雇される可能性があります。
休業中に受けられる補償
どんな時に休業損害を受け取れるのか、休業損害をもらえる期間についてもチェックしてみよう。
交通事故のけがで休業したら、加害者側へ「休業損害」を請求できます。
以下で休業損害をどのくらい請求できるのか、みていきましょう。
休業損害
休業損害とは、事故によってはたらけない期間が発生し、得られなくなった収入です。
事故でけがをして仕事を休んだら、休んだ期間に応じた休業損害金を請求できます。
休業損害の金額は、以下の計算式で算定します。
休業損害=1日あたりの平均賃金×休業日数
1日あたりの平均賃金は、事故前3か月分の平均をとって算定します。
有給休暇を消費した場合にも休業損害が支払われますし、ボーナスが支給されなかった場合や昇給できなかった場合の補償も受けられます。
退職後の休業損害を受け取れるケースもある
交通事故のけががひどく復職の見込みがない場合や重大な後遺障害が残って仕事ができず退職してしまった場合、退職後の分の休業損害も受け取れるのでしょうか?
基本的には退職による損害も休業損害に含まれます。
交通事故がなければ退職する必要はなかったのであり、退職による損害は交通事故によって発生したといえるからです。
ただし「交通事故が原因で仕事を辞めた」という因果関係の立証が必要になります。
「本当はやめなくても良い状態だったのに自主的に退職した」とみなされると「交通事故によって発生した損害ではない」とみなされて、休業損害は認められません。
その意味で、自主退職より「解雇」の方が休業損害を請求しやすいといえるでしょう。
解雇されるときには、必ず会社に「解雇理由」を明らかにした「解雇理由証明書」を交付してもらいましょう。
退職する場合でも、会社に「退職証明書」を作成してもらい、交通事故が原因でやむなく退職することになったと書いてもらうべきです。
休業損害を受け取ることができる期間
休業損害金は、交通事故発生後「完治または症状固定するまで」の期間の分を請求できます。
「完治」はけがが完全に治り、元通りとなったときです。
「症状固定」とは、それ以上治療を続けてもけがの状態が改善しなくなったときです。
症状固定時に残っている症状は「後遺症」となります。
完治や症状固定の時期は、担当医が医学的な観点から判断します。
また休業損害を請求するには、「休業損害証明書」を作成しなければなりません。
これは、会社に休業日数や給料の金額を証明してもらうための書類です。
加害者側へ休業損害を請求する際には「完治または症状固定時」までの休業損害証明書を会社に作成してもらい、正しく金額を計算しましょう。
労災による補償
業務中や通勤退勤途中に交通事故に遭った場合「労災保険」が適用されて労災の補償も受けられます。
労災からは、以下のような給付金が支給されます。
- 治療費
- 休業補償
- 後遺障害に対する補償
- 介護給付
- 遺族給付
- 葬儀費用
加害者へ対する損害賠償金と重複するものは支給されませんが、重複しないものもたくさんあります。
たとえば重度な後遺障害が残ったとき、加害者から支払われるのは「一時金」のみですが、労災からは「年金方式」で毎年補償金を受け取れます。
治療費も、労災保険を利用した方がスムーズに支払われるケースが多いので、事故当初から労災保険に申請して病院へ治療費を払ってもらうのが良いでしょう。
労災保険を適用するには労働基準監督署への申請が必要です。
業務災害や通勤災害の場合にはぜひ、労災給付を申請してみてください。
休業損害を受け取る場合の注意点
加害者側へ休業損害を請求するときには、以下の点に注意が必要です。
自主退職では退職後の休業損害を認められにくい
会社を辞める方法としては「解雇」と「退職」の2種類があります。
解雇とは、会社が一方的に労働契約を打ち切ることです。
一方退職は、労働者側が自ら仕事を辞めることです。
この2つを比べると、解雇の方が「退職後の休業損害」は認められやすいといえます。
会社が「交通事故を理由に解雇した」と明らかにすれば、交通事故と失職の因果関係を簡単に証明できるからです。
一方自主退職の場合、「交通事故以外の理由でやめたのではないか?」「そもそもやめる必要がなかったのではないか?」と疑念を抱かれるケースも少なくありません。
自主退職するなら、必ず「事故との因果関係」を示す資料を入手しておくべきです。
たとえば会社から退職を促されたときのメールや通知書、面談したときの録音データなどを残しておきましょう。
会社から「退職証明書」を書いてもらうのも良いでしょう。
退職勧奨に注意
交通事故後、解雇されなくても「退職勧奨」されるケースが多いので注意が必要です。
退職勧奨とは、雇用者側が労働者側へ自主退職を促すことです。
雇用者が従業員を解雇すると、従業員側から「不当解雇」と主張されてトラブルになる可能性があります。
一方自主退職であれば、労働者が自ら退職しているので基本的に「不当解雇」にはなりません。
そこで雇用者側が安全に労働者をやめさせるため退職勧奨を行うのです。
交通事故後に仕事を効率的にできなくなると、企業側から「退職勧奨」されて、「これ以上会社にいられては困る」「仕事もつらいだろうから、やめてはどうか」などと勧められるケースが多々あります。
そんなとき、いわれたとおりに「退職願」「退職届」「退職に関する合意書」などに署名押印すると「自ら退職した」といわれて休業損害を受け取れなくなる可能性が高くなってしまうのです。
「交通事故を理由として会社側から事実上解雇された」と証明できるなら、退職勧奨に応じても良いでしょう。
そうでなければ退職すると休業損害を減らされて不利益を受けてしまいます。
退職勧奨を受けても安易に了承せず、弁護士に相談してみてください。
状況に応じたアドバイスをしてくれるでしょう。
解雇されたら慰謝料を増額できる?
交通事故を理由に解雇されたり退職を余儀なくされたりしたら、「慰謝料」が増額される可能性があります。
交通事故による解雇は慰謝料の斟酌事由になる
慰謝料とは、被害者が受けた「精神的苦痛」に対する賠償金です。
交通事故が原因で仕事を失ったら、被害者は通常よりも大きな精神的苦痛を受けるでしょう。
そこで標準的な事案よりも慰謝料が増額されるケースが多数です。
たとえば後遺障害が残ったケースでは「後遺障害慰謝料」を請求できますが、失職した場合には数十万円程度上乗せされるでしょう。
なお交通事故と解雇や退職の因果関係を証明できない場合、慰謝料の増額も受けられません。
その意味でも「交通事故後の安易な自主退職は危険」ですので慎重に対応してください。
まとめ
怪我をしても仕事を自主的に辞める必要がないって事がわかって安心したよ。
仕事を続けることができなくても、自己判断で仕事を辞めてしまう事がないようにしよう。
交通事故のけがで仕事を続けられなくなったら、経済的に大きな不安を抱えますし精神的な苦痛も増大します。
適切に休業損害や慰謝料を受け取るには、専門家によるサポートが必要となるでしょう。
弁護士は労災保険への申請も代行してくれます。
事故後、会社との関係や加害者との示談交渉で困ったことがあったら、早めに弁護士に相談してみてください。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。