交通事故の示談交渉に代理人が出て来たんだ。
代理人でも示談交渉って可能なの?
代理人が示談交渉を進める場合には、委任状が必要になるんだよ。
保険会社も代理人だよね?
保険会社に依頼する場合にも、委任状が必要になるの?
任意保険会社が示談交渉を行う場合には、委任状は必要ないんだ。
今回の記事では、交通事故の示談交渉で委任状が必要なケースについて、詳しくみていこう。
交通事故の被害に遭ったとき、加害者本人、被害者本人の当事者同士ではなく、加害者側の「代理人」と賠償額を決めるための示談交渉するケースが多いです。
交渉相手が加害者の保険会社であれば怪しむ必要がありませんが、相手が加害者の「親族」や「知り合い」などと言っている場合には、本当に「代理権」があるのかどうか、確認する必要があります。
代理権の証明に使うのは「委任状」ですが、委任状はどのようなときに必要で、本物か偽物かをどうやって判断したら良いのでしょうか?
今回は、交通事故で加害者の代理人が出てくるパターンと、その際に委任状が必要な場合、委任状の内容が適切か確認する方法をご説明します。
目次
加害者が代理人を立ててくる理由とは?
交通事故に遭ったとき、必ずしも加害者本人と示談交渉するとは限りません。
加害者の保険会社やその他の「代理人」と話合いをするケースもあります。
そもそもどうして加害者がこうした代理人を立ててくるのか、理由を知っておきましょう。
保険会社の示談交渉代行サービスを利用しているから
1つ目の理由は、加害者が加入している自動車保険の「示談交渉代行サービス」です。
多くの自動車ドライバーは、自賠責保険だけではなく、任意保険に入っています。
保険に入っておかないと、いざ事故が発生したときに、多額の損害賠償請求に対応できないからです。
そして任意保険の対物賠償責任保険や対人賠償責任保険には「示談交渉代行サービス」がついています。
これにより、実際に物損事故や人身事故が発生したときには、保険会社が加害者の代わりに被害者側との示談交渉に対応するのです。
保険に加入するときに、示談代行サービスがついていることは加害者も保険会社も了承済です。
もともとの契約内容として示談交渉代行サービスを当然の前提としていますから、加害者は何の疑問もなく保険会社に示談交渉を任せます。
自分で交渉したくないから
加害者が、保険会社以外の第三者に示談交渉を任せるケースもあります。
そのようなとき、加害者は一体何を考えているのでしょうか?
自分で示談交渉を行わない加害者は、「面倒にかかわりたくない」と考えていることが多いです。
また「自分で交渉すると不利になるかもしれないから、交渉が得意な人に任せたい」と考えているケースもあります。
たとえば仕事が忙しい人、面倒なのが嫌いな人、高齢者や年少者などで自分ではうまく話合いができない人や、後遺障害が残ってしまって動けない人などが、親族に示談交渉を依頼するパターンが多いです。
夫や彼氏に示談を依頼する女性もたくさんいます。
このようなときには、いきなり「本人の親族です」と名乗る人が電話をかけてきたりするので、被害者としては驚いてしまいます。
相手に本当に代理権があるのか、きちんと確認しなければならないパターンです。
示談屋が介入しているから
3つ目は、「示談屋」と呼ばれる違法業者です。
示談屋とは、他人の示談交渉に介入することによって収益を上げている業者です。
たとえば、金銭トラブルが発生しているときに「お金を回収してあげる」と言って債権者に近づき、債務者にお金を支払わせてそこから一部「報酬金」の請求をしたり、依頼者本人から「着手金」などとしてお金を受け取ったりします。
示談屋は「弁護士法」という法律に違反する違法業者です。
悪質な示談屋の場合には、着手金や回収したお金を全額もらって逃げてしまうケースもあります。
しかし、交通事故の加害者が「自分で示談交渉したくない…」と思っている場合、示談屋が近づいてきて「代わりに示談してあげる。慰謝料を値切って安くできるし、あなたには負担がかからない。お金さえ払ってくれれば」などと言われると、ついつい「それなら」と思って依頼してしまうのです。
このようなとき、被害者の元にはいきなり示談屋から連絡が入り「〇〇の件で話があるんだが…」などと言われます。
相手はもちろん「示談屋です」とは言いません。
「〇〇の叔父です」「彼氏です」などと嘘をつくことが大半です。
「示談屋」というと逮捕されてしまうからです。
交通事故で、相手の「代理人」と名乗る人が現れたとき、簡単に信じてはいけません。
弁護士法とは
弁護士法って何?
代理人が交渉をすると、違法になるの?
弁護士以外が報酬をもらって示談交渉を行うと、弁護士法違反となるんだよ。
保険会社以外の第三者(親戚も含む)が示談交渉を代行しようとするときには、弁護士法との関係に注意が必要です。
弁護士法は、弁護士業務のあり方や規律について定める法律です。
中でも「非弁行為」を禁止しています。
非弁行為とは、弁護士資格のない人が、報酬をもらって法律事務を行うことです。
示談交渉も法律事務なので、弁護士資格のない人が報酬をもらって行うと弁護士法違反となります。
なお保険会社は保険料を支払ってもらって示談交渉を代行していますが、これは、保険会社が「保険金」を被害者に支払うので、代理人としてではなく、自社の義務内容として示談交渉を行っていると理解されています。
その証拠に、被害者の過失割合が0の場合には、保険会社は示談交渉を行いません。
そこで、保険会社による示談交渉代行は弁護士法違反にならないと考えられています。
これに対し一般の人が報酬をもらって他人の代わりに示談交渉を行うと、弁護士法違反です。
たとえ夫や彼氏、叔父叔母などの親族であっても違法です。
委任状があっても報酬をもらっていたら違法なので注意が必要です。
弁護士法違反になると、2年以下の懲役または300万円以下の罰金刑が適用されます。
発覚すると警察に逮捕される可能性がありますし、これまでにも示談屋が弁護士法違反で逮捕・起訴され有罪になった事例は数多いです。
交通事故に遭ったとき、正体不明の「加害者の代理人」が出てきたら、本当に示談交渉の相手にして良いのかどうか、慎重に判断すべきです。
怪しいと思ったら、弁護士や警察に相談しましょう。
委任状とは
委任状があると何が変わるの?
本人が代理人に示談交渉を依頼したという証拠になるんだ。
委任状が必要になる理由について、チェックしていこう。
そもそも委任状とは何か?
交通事故の示談交渉の際、加害者以外の人が対応するときには「委任状」を提示させるべきです。
委任状とは、本人から正式に委任を受けていることの証明書です。
委任する内容は、ケースによって異なります。
債権回収のこともあれば、役所への文書提出、申請手続きであることもあります。
交通事故の場合には、被害者が代理人に対して「示談の代理交渉」を委任します。
委任状が必要な理由
委任状を提示させる目的は「本当に委任を受けている事実」を確認するためです。
代理人が出てきて「私は本人の代わりです」「夫です。彼氏です」などと言っていても、本当に委任を受けているかどうか、被害者にはわかりません。
代理権のない人と示談交渉をしても、損害賠償問題の解決にはなりません。
後で相手から「そんな人に示談交渉を任せていない」と言われたら、話し合った内容がすべて無駄になってしまいます。
また、権限のない違法な示談屋から脅迫されて、治療費の支払いがストップになるような不利な条件で示談書に署名押印させられてしまったり、免責証書を強要される可能性もあります。
「代理人」に本当に権限があるのかどうか加害者に直接連絡して聞ければ良いですが、事故の相手方で代理人を立ててきているくらいですから、直接連絡が難しいケースも多いでしょう。
そこで、本当に委任を受けていることを証明するため「委任状」を示してもらうのです。
委任状には被害者の手により「本件交通事故の示談交渉について、〇〇に委任します」と書いてあります。
交通事故の「代理人」が、本人が作成した「委任状」を持っていないなら、その代理人を信用すべきではありません。
委任状がないと罪になるのか
では委任状がないと「犯罪」になるのでしょうか?
委任状なしに代理交渉をすること自体は違法ではありません。
本人が了解していれば、委任状を作成しないで代理で何らかの行動を行うことは、世の中で良くあることです。
しかし本当は委任していないのに、勝手に代理すると違法です。
この場合「無権代理」という扱いになり、無権代理人の行動には法的効果が認められません。
代理権のない相手と示談をしても、無駄になるということです。
無権代理行為自身は犯罪ではありません。
ただし、交通事故の示談交渉で無権代理が行われる場合には、たいてい示談屋が関与していますし、無権代理人が被害者(あなた)を騙したり脅迫したりして無理に示談をさせることも多いです。
そのようなときには、脅迫罪、恐喝罪、詐欺罪などが成立する可能性があります。
また、「委任状を持っていないなら示談しない」と言っているのに、無理に話合いを強要することは「強要罪」となります。
委任状が本物かどうか確かめる方法
委任状が本物かどうかを調べるにはどうしたら良いの?
本人直筆の署名があるかどうかをチェックする事が大切だね。
印鑑登録証明書を作成してもらうという方法もあるよ。
相手が委任状を持っていても、権限があるとは限らないので注意が必要です。
委任状が「偽物」である可能性があるからです。
また、脅迫や詐欺により、違法な方法で本人に委任状を作成させている可能性もあります。
委任状が本物かどうかは、どのようにして見極めたら良いのでしょうか?
以下では、重要となるポイントをご説明します。
本人の署名押印を確認する
1つは、委任状に本人「直筆」の署名押印があるかどうかが問題です。
委任状の署名は、代筆できないこともないのですが、代筆されている委任状はかなり怪しいと考えましょう。
パソコンで氏名を入力している場合にも信用しない方が良いです。
また、必ず「押印」している委任状を提示させましょう。
委任状の印鑑は、法律的には認印でも有効ですが、認印など、誰でも印鑑屋で購入して押すことができます。
相手が「認印でも法律的に有効」などと言ってきたときには「実印で押したものを持ってこないと対応できません」と断りましょう。
印鑑登録証明書を提示させる
次に、本人の「印鑑登録証明書」を提示させることです。
印鑑登録証明書は、その印影が実印であることを役所が証明する書類です。
これと印影を照らし合わせると、本当に実印で押印されているのかどうかがわかります。
相手は「そのような面倒なことはできない」などと言うかもしれませんが、重要な損害賠償金の示談交渉を代理するのですから、そのくらいの確認はきちんとしておくべきです。
後になって「実は委任していなかった」ことが発覚すると大きなトラブルになります。
本人との関係を明らかにさせる
3つ目に重要なことは「本人との関係」です。
代理人が示談交渉を行うときには、「なぜ代理するのか」が問題です。
夫だから、親族だからなど、何らかの人間関係があれば理解しやすいですが、まったく知らない赤の他人の場合、なぜ他人のために示談する必要があるのか疑問です。
当然、「お金が動いているのではないか?」と思われます。
示談屋に報酬が渡っていたら弁護士法違反です。
代理人が現れたら、必ず本人との関係を聞きましょう。
代理人の身分証明書をコピーする
本人との関係を聞いても、言うだけならいくらでも嘘を言えます。
そこで代理人の素性を明らかにしてもらうために、身分証明書の提示を受けてコピーを取っておくことをお勧めします。
たとえば夫の場合であれば、姓や住所が本人と同じになっているはずです。
免許証などでその事実が確認できれば、被害者としても安心して示談ができるでしょう。
また相手にしても、運転免許証などをコピーされたら、後でバレたときに捜査の手が及んでしまうので、滅多なことはしにくくなるものです。
委任状と弁護士法との関係
委任状があれば、安心して示談を進める事ができるね!
中には、委任状を作成して示談を行う悪質な示談屋もいるから、委任状があるからといって、必ずしも安心なわけではないんだよ。
このように、「委任状」は相手が本人から本当に委任を受けているかどうかを示す重要な書類ですが、委任状が本物のケースでも、必ずしも適法にならないので注意が必要です。
委任状があっても、弁護士以外のものが報酬をもらって示談交渉をすることは「弁護士法違反」だからです。
実印で押印された、本人からの本物の委任状があっても弁護士法違反になるケースがあります。
委任状を示されても、相手が示談屋かもしれない、という警戒心は常に持っておくべきです。
パターンごとの委任状の要否と対処方法
委任状の提示は、本人以外の場合には、必ず提示してもらった方が良いのかな?
任意保険会社の担当者が出てきた場合には、委任状は必要ないよ。
だけど、その他の代理人の時には、委任状を提示してもらった方が安心だね。
交通事故で代理人と示談交渉をするときには、委任状の提示が必要な場合とそうでない場合があります。
以下で、パターンごとの委任状の要否と対処方法をご紹介します。
相手が保険会社
示談交渉の相手が保険会社の場合には、通常委任状の提示は不要です。
保険会社は、そもそも代理人としてではなく「自分の法律事務(保険金支払いについて)」として示談交渉を行っていますし、保険契約にもとづいて当然示談交渉の権限を持っているので、いちいち委任状はとらないからです。
相手が本当に保険会社であれば、そのまま示談を進めてかまいません。
相手が親族
相手の夫やその他の親族の場合には、ケースバイケースですが、可能な限り委任状を求めましょう。
特に加害者本人と相手との関係が遠くなればなるほど、委任状の必要性が高まります。
たとえば同居の夫や親などであれば委任状を示してもらわなくても代理権がある可能性が高いですが、姓も住所も違う叔父叔母や兄弟の場合、委任状がないと権利があるかどうかがわかりません。
相手が弁護士
相手が弁護士の場合にも、委任状の提示を求めましょう。
弁護士は報酬をもらって法律事務を行って良い唯一の業種ですが、その場合でも、本人からの委任が必要となるからです。
弁護士は、事件の依頼を受けるときに委任状をとるので、提示を求めるとすぐに見せてくれますし、依頼すればコピーも交付してくれるでしょう。
反対に、委任状も提示しない弁護士は信用すべきではありません。
相手が示談屋
相手が示談屋の場合、必ず委任状を提示させるべきです。
示談屋は委任状があっても違法ですが、委任状すらとっていないこともあるからです。
委任状がない場合、その時点で示談屋を排斥することが可能となります。
相手が委任状を持っていない場合の対処方法
代理人が委任状の提示を拒否してくるような場合には、どうしたら良いの?
委任状の提示を拒否して、脅してくるような場合には、警察や弁護士に連絡しよう。
示談交渉の「代理人」と言っている相手が委任状を持っていない場合、どうしたら良いのかご説明します。
警察に相談する
もしも、委任状を示してもらえず示談を強要されたり脅されたりしたら、早めに警察に相談すべきです。
相手は違法な示談屋である可能性が高いからです。
たとえ本当に親族などであっても、そのようなややこしい人と関わっているとトラブルのもととなるので、相手には、きちんとした弁護士などに代理を依頼してもらうべきです。
警察に言うと、警察から相手に注意してくれて、ややこしい相手が引っ込み、相手もきちんと弁護士に依頼しようという気持ちになります。
代理人が違法な示談屋の場合、摘発してもらうことも可能です。
弁護士に相談する
示談交渉の相手を怪しいと感じるなら弁護士に相談することが有効です。
弁護士であれば、相手に対して適切に委任状の提示を要求し、怪しいと考えられる場合には相手の素性を明らかにさせることで見極めができます。
また相手が違法な示談屋である場合、弁護士が出てきたら状況が危うくなるので、自ら退散していくものです。
示談屋がいなくなった後、示談交渉については、そのまま弁護士に依頼する事で、弁護士基準での損害賠償額の支払いとなるため、慰謝料のアップが期待できます。
後遺障害等級認定取得ため、被害者請求を行う場合にも、後遺障害診断書など非常に多くの書類が必要となるため、弁護士に依頼しておく方が安心です。
たとえ示談交渉が上手く進まず、裁判になってしまった時にも、弁護士が力強い味方となってくれることでしょう。
まとめ
代理人が示談交渉を進めるのには、委任状がいるなんて知らなかったよ。
交通事故の示談交渉は、示談屋に注意が必要なんだね。
代理人に依頼してしまう多くの人が、示談屋だと気が付かずに依頼している事が多いんだ。
示談屋に依頼するよりも初めから弁護士事務所に相談に行った方が、安心だし、スムーズに示談を進める事が可能だよ。
交通事故で加害者と示談交渉を進めようとするとき、弁護士や保険会社以外の代理人が出てきたら必ず委任状の提示を求めましょう。
また、委任状があっても違法な示談屋である可能性があるので注意が必要です。
示談を交わした場合には、公正証書にしておくと安心です。
対応に困った場合には弁護士などの専門家に状況を話してアドバイスしてもらいましょう。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。