2019年4月19日の午前0時半頃、池袋の交差点で乗用車がゴミ収集車と衝突する交通事故が発生しました。
この事故によって10名もの死傷者が出ており、うち2名は死亡が確認されています。乗用車のドライバーは、87歳の男性であったことも明らかになりました。
今回の交通事故はどうして発生してしまったのか、加害者にはどのような責任が及ぶのか、被害者は誰に損害賠償請求をすれば良いのかなど、解説していきます。
目次
池袋の交通事故の状況について
まずは今回の交通事故の状況を確認しましょう。
事故が起こった現場は、池袋のサンシャインの近くの「東池袋交差点」付近です(東京都豊島区南池袋4丁目)。
東京メトロの東池袋駅からも近くJR.池袋駅からも徒歩圏内で、人通りは多数ありました。その交差点に、赤信号であるにもかかわらず猛スピードで突っ込んできたのが今回の加害車両である乗用車です。
乗用車は、青信号で交差点内に直進してきたゴミ収集車と激しく衝突しました。そのとき、歩行者の信号も青に変わって横断していた人たちが巻き込まれ、今回のような大惨事につながりました。
池袋の交通事故の結果について
今回の交通事故では、青信号で交差点を渡り始めた多くの歩行者の方が巻き込まれました。
突っ込んできた乗用車そのものにはねられただけではなく、乗用車がゴミ収集車と衝突して回転しながらはね飛ばされてきた車体に巻き込まれて負傷、死亡された方もおられます。
現時点において把握されている死傷者数は10名で、うち2名はすでに死亡が確認されています。
死亡したのは30代の母親と幼女とのことです。何の罪もない母子が、このような非常識な交通事故によって一瞬で命を奪われたのは、非常に痛ましいことです。
池袋の交通事故の問題点
この事故で問題視されているのは、乗用車が「前方が赤信号であるにもかかわらず、一切減速せず加速を続けていた」ことです。
運転者はブレーキを踏もうとしていた痕跡すらなかったようです。
同乗していた妻が「どうしたの?危ないよ」と言っても運転者の男性は「どうしたんだろう」などと言うだけで、後には「アクセルが戻らなかった」などと説明しています。
この男性の説明するように「アクセルが戻らなかった」などというのは、おそらく真実ではない可能性があります。
今、指摘されているのは、男性の「認知症の可能性」です。運転者の男性は87歳の高齢者であり、認知症になってもおかしくない年齢です。
実際に高齢者が「アクセルとブレーキを踏み間違える」事故は過去にも相次いでいます。
今回も認知症あるいはそれに近い状態にある運転者が過失によって車を暴走させ、赤信号で交差点につっこんでしまい、事故につながったというのが実情なのではないかと推測されています。
認知症であったとすると、賠償金や運転者の責任に考慮されるのか
おそらく皆様は、今回のように認知症(の疑いのある)方が交通事故を起こされたとき、責任がどうなるのか?という点に感心を持たれるでしょう。
これについては、認知症の程度によって異なります。また民事責任と刑事責任でも考え方が異なるので、それぞれについてみていきます。
民事責任(損害賠償責任について)
まずは民事責任について説明します。
認知症の程度が相当進んでおり、12歳~13歳くらいの知能もなくなっている状態であれば、その人は「不法行為責任」を負うことができません。
そこで本人には損害賠償請求できないことになってしまいます。
一方、認知症であっても12~13歳程度の知能があれば、「責任能力」という不法行為責任を負う能力が認められます。そこで、普通の人と同様に不法行為責任が発生して損害賠償義務を負います。
刑事責任について
次に刑事責任です。
交通事故を起こすと加害者には「過失運転致死傷罪」や「危険運転致死傷罪」などの犯罪が成立します。
これらの犯罪は、「心神喪失」の場合には成立しませんし「心神耗弱」の場合には刑が減軽されると規定されています。
心神喪失というのは、完全に前後不覚で判断能力を失っている状態です。酩酊状態などのケースです。
心神耗弱とは、完全に前後不覚というほどではないけれども、判断能力が著しく失われている状態です。
完全に前後不覚になっていたら犯罪は成立しませんし、相当程度判断能力が失われていたら刑罰が減軽されるということです。
認知症かどうかではなく、具体的な状況によって判断されます。
本件ではどうなるか
では実際に、本件の損害賠償請求や刑事責任はどのようになるのでしょうか?運転者の男性に責任を問えるのかが問題です。また損害賠償請求と刑事責任についてみてみましょう。
男性の民事責任(損害賠償責任)について
今回、男性が認知症だったとすれば、「責任能力」がないとして被害者は男性の責任を問えないのでしょうか?
男性には責任能力が認められる可能性が高い
おそらくそういった結論にはならないと考えられます。なぜなら男性は、それまで普通に運転をできるくらいの知能があり、妻も同乗して普通に会話をしているからです。
もしも日頃から男性が「12~13歳の知能も無いほどの状態」であれば、家族もおかしいと思って病院に連れて行ったりするでしょうし、危険なので運転もさせないでしょう。
仮に男性が認知症にかかっていたとしても軽度であり、責任能力はあると考えられ、被害者は男性に損害賠償請求できます。
保険会社に請求する
ただ、被害者が現実に男性に直接損害賠償請求することは考えにくいです。一般的に、ドライバーは任意保険の対人賠償責任保険や対物賠償責任保険に入っているためです。
その場合、被害者は保険会社と示談交渉をして、賠償金を受けとります。
今回の被害者たちも、男性と直接やり取りをせず男性の保険会社に請求して保険金を受けとることとなるでしょう。
なお男性が保険に入っている場合には、男性が認知症で責任能力が認められない場合にも保険会社が賠償金の支払いを行います。
加害者が任意保険に入っている限り、被害者が賠償金を受け取れずに泣き寝入りするという結果にはなりにくいものです。
その意味で、自動車を運転する場合には必ず任意保険に加入しておくべきです。
男性の刑事責任について
では男性の刑事責任はどのように判断されるのでしょうか?
心神喪失や心神耗弱にはなりにくい
まず、男性が心神喪失や心神耗弱であったかが問題になります。男性は妻と普通に会話していますしそれまで運転を続けて交差点にやってきたのですから、心神喪失ではあり得ません。
おそらくは心神耗弱にもならないでしょう。すると男性には普通に刑罰が適用されることになります。
予想される刑罰
ではどのような刑罰が適用されるのでしょうか?
この件で問題になるのは「危険運転致死傷罪」または「過失運転致死傷罪」です。道路交通法のスピード違反なども適用されるかもしれません。
過失運転致死傷罪になるのは、「一般的な過失によって交通事故を起こしたケース」です。たとえば前方不注視や脇見運転、スピード違反などによる交通事故です。
これに対し危険運転致死傷罪になるのは、「故意とも同視しうる程度の異常な運転によって交通事故を起こしたケース」です。
たとえば泥酔状態や薬物を摂取して正常な運転ができないのに運転をした場合、無免許運転、赤信号なのに交差点へ異常なスピードで突っ込んだ場合などです。
本件についてみると、赤信号なのに高スピードでためらいなく突っ込んでおり、男性には「危険運転致死傷罪」が適用される可能性があります。
特に被害者が死亡しているので、「危険運転致死罪」が適用されると非常に重い刑罰が下ります。
危険運転致死罪の刑罰は、1年以上の有期懲役刑です(有期懲役の限度は20年)。
その場合、実刑判決も十分に予想されます。本件の男性の場合には年齢からしても一生刑務所から出てこられなくなる可能性があります。
事故の過失割合
今回の交通事故では、誰にどのような過失割合が適用されるのでしょうか?
一般的な交通事故では、事故の両当事者にそれぞれ過失割合が認められます。
ただ、今回のように、一方当事者が完全に赤信号でつっこんできている場合には、信号無視をした当事者の過失割合が100%となります。おそらく相手車両であるゴミ収集車の方の過失割合は0%になるでしょう。
よって男性は発生した損害のすべてについて賠償責任を負います。これについてはおそらく男性が加入している保険会社が負担するでしょう。
誰がどのような損害を賠償できるのか
このような交通事故では、誰がどのような損害賠償請求をできるのか、まとめます。
負傷者
まず、事故で負傷した方は男性(保険会社)に対して以下のような損害賠償請求をできます。
- 治療費
- 入院付添費用
- 入院雑費
- 通院交通費
- 休業損害
- 後遺障害慰謝料
- 後遺障害逸失利益
死者の遺族
死亡した被害者の遺族の方は、男性(保険会社)に対して以下のような損害賠償請求が可能です。
- 葬儀費用
- 死亡逸失利益
- 死亡慰謝料
被害者が即死ではなくしばらく入院してから死亡した場合などには、治療関係費用なども請求できます。
ゴミ収集車(市など)
ゴミ収集車も、この事故の被害者です。ゴミ収集車の所有者や運転者も男性(保険会社)に対して損害賠償請求可能です。
たとえば以下のような損害が発生する可能性があります。
- ゴミ収集車の修理費用
- 道路や施設(信号気など)が破損した場合の修理費用
事故の衝撃で第三者の所有物が壊された場合には、その第三者から損害賠償請求が行われる可能性もあります。
このように、多くのものを巻き込んで大きな交通事故を起こすと、たくさんの人からさまざまな損害賠償請求を受ける結果となります。
この損害賠償義務は自己破産しても免責されない可能性が高いので、保険に入っていなかったら大変なことになります。
どうすれば高齢者の事故を防止できるのか
今回のような高齢者による交通事故を避けるには、どのようにすれば良いのでしょうか?
家族がしっかり監督する
まずは高齢者と同居している家族が本人に絶対運転をさせないよう徹底すべきです。
本人の自主判断に任せていると本人は免許を返納しませんしいつまでも運転するケースが多々あります。
自動車のカギは本人以外の人が肌身離さず所持するなどして、本人が絶対に運転できないようにすべきです。
運転免許の定年制について
このように高齢者による危険な交通事故が相次ぐ中、できれば、運転免許の定年制を作るのが望ましいと言えるでしょう。
これについては国の施策なので我々がどうこう言えるものではありませんが、できるだけ早い対応が望まれます。
自分や家族の安全を守るにはどうするのが良いか
それでは歩行者や運転者の立場として、高齢者ドライバーの事故に巻き込まれないためにはどうするのが良いのでしょうか?
今回の交通事故からは「青信号でも安心できない」ことがわかります。たとえ信号が青であっても、向かいや横からつっこんでくる車がないか目で確認してから渡りましょう。
「相手車両が止まってくれるだろう」という信用は厳禁です。
またふらふら運転など「怪しい動き」をしている車には近寄らないことです。なるべく早めに離れて事故に巻き込まれるのを防ぎましょう。
まとめ
今回のような高齢者が引き起こした事故で多くの方が死傷し、2人も死者が出たのは本当に残念なことです。
これを教訓に、もう二度とこのような事故が起こらないように、また巻き込まれないように注意していきたいところです。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。