今回の記事では、どんな交通事故でどのような判例が出た過去があるのか、チェックしてみよう。
交通事故に遭うと「ムチ打ち」になることが非常に多いです。
ただ、むちうちになったら、さまざまな点において、加害者の保険会社との間でトラブルになる可能性が高まります。
そのようなとき、むちうちに関するさまざまな「判例」を知り、その内容を主張することで、被害者が有利になることができるケースが多いです。
今回は、交通事故でむちうちになったときの「判例」について、解説します。
判例とは
一般の方は、「判例」と言われてもなじみがないことが多いでしょうから、まずは「判例」について、説明します。
「判例」とは、裁判所が原告や被告に下した判決の内容のことです。
正確に言うと、「判例」というのは最高裁判所の下した判決のことであり、その他の裁判所(高等裁判所や地方裁判所など)の下した判決のことは「裁判例」と言います。
ただ、一般の方が「判例」と言うときには、判例と裁判例を区別していないことが多いので、インターネット上の記事を読むときなどには、高等裁判所や地方裁判所の判決も「判例」に含まれていることが多いです。
交通事故が起こった場合、被害者と加害者が示談交渉を行いますが、話合いをしても解決できないことがあります。
そのようなとき、被害者が加害者に対し、訴訟を起こします。
すると、裁判所は、争いになっている問題について判断をして、判決を下します。
その内容が「判例」となるのです。
たとえば、過失割合について争いが発生した場合には過失割合の考え方についての判例が出ますし、慰謝料計算方法について争いが発生した場合には、慰謝料の考え方についての判例が出ます。
判例を調べるメリット
その他にもメリットはあるのかな?
それでは、交通事故でむち打ちになったとき、判例を調べたらどのようなメリットがあるのでしょうか?
判例は、後の事件処理の模範となる
実は、判例は、後の事件処理方法の模範となります。
裁判で何らかの争点について判決が出た場合、後に裁判をしたら、同じような判断が行われる可能性が高いからです。
交通事故では、似たような問題が争いになることがよくあります。
たとえば、むちうちになったときの慰謝料がいくらになるか、ということが問題になったとしましょう。
このとき、同じような事例であれば、同じくらいの慰謝料にならないと不公平です。
そこで、裁判では、同じような事件であれば、同じような判断が行われる仕組みになっています。
そのため、前例が出たら、後の事件では、前例に従って同じような判断をするのです。
そこで、判例を調べると、自分が裁判を起こしたときに下される判決内容を予測できることとなります。
判例を調べると、相手の保険会社に効果的に反論できる
判例によって判決内容を予測できると、どのようなメリットがあるのでしょうか?
それは、相手の保険会社に反論をしたり、相手の保険会社の言い分を崩したりできることです。
たとえば、相手の保険会社の言っている過失割合に納得ができないとします。
このとき、被害者が「その割合は高すぎると思う」などと言っても、単なる個人の感想にしか過ぎないわけですから、相手の保険会社は聞き入れません。
ここで「判例を調べてみたら、このようなケースの過失割合は、〇%程度となっています」と言うとします。
すると、相手の保険会社も、「それは違います」と反訴原告できなくなります。
特に最高裁判所の判決が出ている場合などには、下級審(高等裁判所や地方裁判所、簡易裁判所などの他の裁判所)はほぼ100%、最高裁の判決に従いますから、判例に反する主張をしても無意味です。
そこで、保険会社も、被害者の言い分を聞き入れざるを得なくなります。
このように、自分に有利な判例を調べて加害者の保険会社に提示すると、相手を説得できる可能性が高くなり、示談を有利に進めることができるので、判例を調べるメリットが大きいのです。
むちうちに関する判例の紹介
詳しく見てみよう。
以下では、むちうちになったケースにおける、具体的な判例の紹介をします。
むちうちの治療期間が3ヶ月以上に及ぶことを認める判例
このケースでは、被害者は交通事故で頚椎捻挫と背部打撲のケガをして、病院に行きました。
その後、10日間入院をして、約1年間、通院をしました。
その間の通院先は、主に接骨院でした。
加害者の保険会社は、「症状固定日までは、長くて3ヶ月程度であり、1年は長すぎる」として、治療費や慰謝料の支払を拒絶しました。
理由としては、
- 「むちうちは、通常3ヶ月程度で症状固定すること」
- 「当初、医師が3ヶ月後くらいに症状固定する見込みと判断していたこと」
- 「事故が軽微」というものでした。
裁判所は、保険会社の主張を排斥して、交通事故から約1年が経過した時点を症状固定と認め、治療費や慰謝料についての支払い命令を出しました(大阪地裁平成25年11月21日)。
むちうちでも、長期の治療期間が発生することを認めた事案です。
むちうちで高額な賠償金が認められた判例
会社員が、交通事故によって頸椎捻挫などの傷害を負った事例です。
被害者は32歳で、後遺障害12級に認定されました。
この事案では、損害賠償金の総額が5238万0179円にも及んでいます。
そのうち、慰謝料は、入通院慰謝料が170万円、後遺障害慰謝料が290万円です。
後遺障害逸失利益の金額は1228万9852円です。
基礎収入としては、学歴計年齢別の男性の平均賃金を採用して、年収571万500円として計算されています。
就労可能年数については、67歳までの分が認められています。
中でも高額になっているのが休業損害で、3131万0710円にも及んでいます。
これは、被害者が職場復帰できなくなり、退職を余儀なくされたので、1日当たりの基礎収入を10855円として1802日分の休業損害が認められたのと、1175万円分の賞与の分が認められたからです(東京地裁平成20年(ワ)11387号)。
このように、裁判を起こすと、むちうちでも高額な賠償金が認められる可能性があります。
むちうちで高額な賠償金が認められた判例
美容師見習いの男性が交通事故に遭って、頸椎捻挫などの傷害を負った交通事故です。
この事例では、被害者は症状固定時27歳で、50日間入院をして、その後通院による治療を継続しました。
後遺障害は、14級の認定を受けています。
損害賠償金の総額は1664万1429円となりました。
慰謝料は、入通院慰謝料が250万円、後遺障害慰謝料が110万円の合計360万円です。
休業損害は、基礎収入の月額を165000円として計算し、572万円が認められています。
さらに、就労可能年齢である67歳までの40年間の後遺障害逸失利益が認められて、465万6094円となっています。
むちうちになった場合には、保険会社は逸失利益の計算年数を10年間などに限定してくることが多いのですが、この事案や先の事案では、就労可能年齢である67歳までの分が認められているので、逸失利益が高額になっています。
裁判によって非該当→後遺障害12級が認められた事例
裁判をすることにより、後遺障害の等級が、非該当から12級に認定された事例があります。
後遺障害非該当の場合、後遺障害慰謝料も逸失利益も0になりますから、賠償金の金額はかなり小さくなります。
この事例では、後遺障害が認定されることにより、賠償金の金額が3倍以上になっています。
事故の内容としては、加害者が前方不注視によって、停まっていた車両に追突してその車を前進させ、さらに前に停車していた被害者の車両に追突させたというものです。
被害者は、第四・第五頸椎椎間板突出や脊髄圧迫、頸椎椎間板の突出変性などの傷害を負いました。
被害者は、症状固定時64歳のタクシー運転者で、治療後後遺障害等級認定をしましたが、自賠責基準では「非該当」でした。
これを不服として裁判を起こしたところ、後遺障害12級12級が認定されました。
そこで、休業損害が293万8140円認められ、逸失利益が324万1450円、慰謝料が合計400万円となり、計1000万円以上の賠償金の支払いが認められています(東京地裁平成10年2月26日)。
裁判によって、非該当→後遺障害14級が認められた事例
次に、裁判をすることにより、非該当だった後遺障害が14級に認定された事例があります。
この事例では、加害者が交差点を左折しようとしたときに、直進して進行してきた被害者の車両に衝突しました。
被害者は、スナック経営者の女性でした。
被害者が検査を受けたところ、神経症状のみであり、画像診断などで異常を確認できず、他覚的所見がなかったため、自賠責保険の後遺障害等級認定においては、「非該当」とされていました。
それを不服として被害者が裁判を起こすと、後遺障害14級10号が認定されました。
その結果、以下の通りの賠償金が認められるに至っています。
休業損害が439万144円、入通院慰謝料が200万円、後遺障害慰謝料が100万円、後遺障害逸失利益が123万9694円。
合計で、900万円程度の賠償金の支払を受けています(東京地裁平成10年1月20日)。
むちうちで後遺障害14級に認定された事案としては、高額な賠償金支払いを受けた事例と言えるでしょう。
裁判によって、後遺障害等級が14級から12級に上がった事例
むちうちの場合に裁判をすると、後遺障害の等級が上がるケースもあります。
等級としては、14級から12級に上がる事例が多く見られます。
たとえば、加害者が左折しようとしたときに、直進してきた被害者の車両と衝突した交通事故があります。
被害者は、40歳の女性で、パートの兼業主婦でした。
傷害内容は、もともと頸椎間板変性があったところ、交通事故が影響して椎間板の損傷が起こり、椎間板ヘルニアになってしまったというものでした。
傷害慰謝料として、自賠責保険に後遺障害認定請求をしたところ、14級10号でしたが、これを不服として裁判をしたところ、12級12号が認められました。
賠償金としては、休業損害214万5782円、入通院慰謝料80万円、逸失利益172万3308円、後遺障害慰謝料220万円となり、700万円程度となっています。
以上のように、むち打ちのケースでも、500万円を上回る賠償金が認められるケースはざらにありますし、1000万円やそれ以上の高額な賠償金が認められることも多いです。
このようなことは、裁判をしなければほとんど不可能なことです。
「むちうちになったときに、相手の保険会社の提示する金額に納得できないなら、裁判をした方が良いケースが多い」ということです。
高額な慰謝料が認められる要素とは
交通事故でむちうちになった場合でも、どのようなケースでも高額な賠償金が認められるわけではありません。
そのためには、いくつかの要素が必要です。
入通院期間が長い
1つ目に、入通院期間が長いと、賠償金は高額になります。
むちうちで治療を受けると、治療期間に応じて「入通院慰謝料」が支払われます。
入通院慰謝料は、入院期間や通院期間が長くなればなるほど、高額になります。
そして、むちうちの治療は、長びくことが多いです。
上記で最初に紹介した事案でも、被害者は1年くらい治療を継続しています。
そこで、保険会社は、入通院慰謝料が上がることなどを嫌って「3ヶ月で治療は終了していた」などと主張しているのです。
ただ、この事案では、被害者はきちんと最後まで1年間通院を継続しました。
このことが評価されて、最終的には高額な入通院慰謝料が認められています。
もし、治療を途中で辞めていたら、このような支払いは受けられなかったところです。
そこで、なるべく高額な賠償金を獲得したいときには、きっちり最後まで通院治療を続けることが必要です。
休業損害が多額になる
次に、「休業損害が多額になる」と、賠償金全体がアップします。
上記の判例の中でももっとも高額な支払いを受けた会社員の男性のケースでは、賠償金全体のうち、3000万円以上が休業損害となっています。
2番目に賠償金が多かった美容師見習いの男性のケースでも、休業損害が500万円以上認められたことにより、賠償金の金額が上がっています。
休業損害の計算方法について、保険会社と争いが発生することも多いのですが、任意保険基準ではなく、弁護士に相談をして、法的に適正な弁護士基準で休業損害を算定することが大切です。
後遺障害の認定を受ける
むちうちの場合に高額な賠償金の支払いを受けるためには「後遺障害の等級認定」を受けることが必須です。
同じむちうちでも、後遺障害の認定を受けているのと受けていないのとでは、賠償金の金額に雲泥の差が発生するからです。
一般的に、むちうちの場合に認定される後遺障害の等級は14級と12級ですが、12級の法が、より高い賠償金を支払ってもらうことができます。
上記の判例でも、後遺障害非該当の被害者が後遺障害認定を受けたことにより、一気に賠償金がアップしていますし、14級から12級になった被害者も、それだけで大きく慰謝料や逸失利益が上がっているのです。
もともと非該当や低い等級であった場合でも、裁判をすると後遺障害を認定し、労働能力喪失率を高くしてもらえる可能性があります。
後遺障害等級認定の結果に不服があるなら、諦めずに弁護士に依頼して裁判をすることを検討しましょう。
判例を調べる方法
ここまで、むちうちに関する判例とそこから読み解けることをいろいろとご紹介してきましたが、むちうちの判例を調べるには、どのようにしたら良いのでしょうか?
その方法を、いくつかご紹介します。
インターネットから裁判例情報をチェックする
1つは、ネット上の裁判例の情報をチェックする方法です。
裁判所は、裁判例を公開しているので、こちらからある程度調べることができます。
また、法律事務所のホームページ上で、判例の紹介が行われていることも多いです。
そういった情報を参照して、先に紹介した裁判所の裁判例情報に照らし合わせて内容を確認することもできます。
判例タイムズなどの本を購入する
次に「判例タイムズ」などの本で調べる方法があります。
判例タイムズとは、判例を集めた法律雑誌です。
定期的に刊行されていて、いろいろな分野の判例が掲載されています。
その中に、交通事故に関する判例も掲載されていることがありますし、交通事故判例を特集した号などもあります。
法律雑誌には、判例タイムズの他にも判例時報やジュリストなどがあるので、適宜参照すると良いでしょう。
また、別冊ジュリストの「交通事故判例百選」は、交通事故に関する重要な判例が掲載されているので、裁判所の基本的な交通事故に対する考え方を知るには便利です。
弁護士に相談する
自分で判例を調べるのは大変だと感じる方の場合には、弁護士に相談することをお勧めします。
弁護士は、通常、判例検索用の専門サービスを契約していて、ウェブ上で簡単に正確な判例を探すことができる環境を整えています。
また、ケースに応じて適切な判例を探し出し、相談者にとって有利な理屈を組み立てることもしてくれます。
素人ではなかなか見つけられないような、非常に参考になる判例を見つけ出して、保険会社に的確に反論してくれることも多いです。
被害者自身が、自力で判例を調べたり読み解いたりするよりもはるかに効率的ですし、賠償金アップに向けた効果も高いです。
そこで、交通事故判例のことが気になっていて、自分で捜すことに限界を感じたら、まずは弁護士に相談をしてみましょう。
最近では、交通事故の無料相談を行っている弁護士事務所がたくさんあるので、まずはそういった事務所に連絡を入れて、法律相談を受けてみることをお勧めします。
まとめ
今回は、むちうちになった場合の判例の意味や調べ方を解説しました。
むちうちのケースでも、参考となる判例(裁判例)はたくさんあります。
判例を調べたいときや、有効活用したいときなどには、是非とも一度、交通事故トラブルに注力している弁護士に相談されることをお勧めします。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。