だけど、治療を打ち切りと言われてしまったり、相手が任意保険に加入していない場合など、自分自身で治療を受ける時には、健康保険を利用することが可能だよ。
今回の記事では交通事故による治療と、健康保険の利用方法などについて、詳しく説明するね。
交通事故に遭ってケガをすると、医療機関で治療を受けなければなりません。
そのとき発生する治療費は、誰が支払うものでしょうか?
治療費を支払うときに、被害者本人の健康保険を利用できるのか、利用する際の注意点についても押さえておきましょう。
今回は、交通事故に遭ったときの治療費と健康保険の関係について、解説します。
目次
治療費は誰が支払うのか
治療費は、加害者が負担する
交通事故に遭ったときに発生する治療費は、交通事故によって発生した「損害」です。
そこで、治療費は、基本的に、全額を加害者が負担する必要があります。
加害者は、過失によって交通事故を引き起こし、損害を発生させている状況である以上、「損害賠償義務」を負っています。
そして、治療費は、交通事故がなかったら不要だったはずの費用ですから、交通事故によって発生した「損害」の一部になります。
通常、交通事故に遭った被害者が病院に入通院をするとき、加害者の保険会社が病院に直接治療費を支払うことが多いです。
そのとき、被害者側が病院に直接治療費を支払う必要はありません。
ただ、治療期間が一定以上になると、加害者の保険会社は治療費の支払いを打ち切ってくることがあります。
また、ケースによっては、加害者の保険会社が当初から治療費の支払をしないこともあります。
加害者が自動車保険(任意保険)に加入していないケースでは、そもそも加害者が病院に治療費の立て替え払いをすることは期待しにくくなります。
そのような場合には、被害者自身が治療費を負担して、治療を継続しなければならない状態となります。
被害者が支払った治療費は、後で加害者に請求できる
それでは、加害者が支払をしないため、被害者が自分で治療費を支払ったら、その金額は被害者負担となってしまうのでしょうか?
実際には、そのようなことはありません。
治療費は、基本的に加害者が負担すべき費用ですので、いったん被害者が立て替え払いしたとしても、後に加害者に請求することができます。
ただし、その範囲は「必要かつ相当な範囲」に限定されます。
たとえば、不必要に濃厚な治療や過剰診療を行ったり、自己判断で温泉治療や漢方治療を行ったりしても、その費用は請求できない可能性があります。
交通事故の治療に健康保険を使えるのか
その他にも、酒酔い運転であるような場合にも、健康保険は利用できないんだよ。
健康保険を利用できないケースを詳しく見ていこう。
交通事故の治療に健康保険を使える
加害者や保険会社が治療費の支払いをしないとき、被害者が治療費を全額自費で負担すると、大変高額になります。
その場合「自由診療」が適用されるからです。
自由診療になると、病院が自由に点数の金額を設定することができるので、健康保険を適用する場合より、そもそもの治療費が高額になることが普通です。
また、自由診療の場合、健康保険が負担をしないので、10割負担となってしまいます。
そのような高額な支払いをしながらでは、必要な治療を続けることは困難となるでしょう。
被害者としては、健康保険を使って通院する方法を検討すべきです。
実際に、交通事故の治療のため、健康保険を利用することは可能なのでしょうか?
一般的に「交通事故では健康保険が使えない」と思われていることがありますが、そのようなことはありません。
交通事故の治療で健康保険を利用できることは、厚生労働省も認めています。
旧厚生省は、昭和43年10月12日通達において交通事故に健康保険が適用されると発表していますし(保健発第106号「健康保険及び国民健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対する求償事務の取扱いについて」)厚生労働省も、平成23年8月9日通達において、「交通事故のもとづく傷病は、医療保険各法(健康保険法を含む)において、医療保険の給付の対象とされています」と発表しているからです(「犯罪被害や自動車事故等による傷病の保険給付の取扱いについて」。
このように、国がはっきりと「交通事故に健康保険が適用される」ことを明らかにしている以上、健康保険が交通事故に適用されないという理解はあり得ません。
健康保険が使えないケース
ただ、交通事故による受傷でも、健康保険を使えないケースがあります。それは、以下に該当する場合です。
- 業務上の災害のケース
この場合、労災保険によって保障されます。 - 法令違反による負傷
たとえば、酒酔い運転や無免許運転などをしていてケガをしたケースです。 - 第三者の行為による負傷
これは、事件や事故などにより、自分以外の第三者にケガをさせられた場合の規定です。
ただ、交通事故の場合、絶対に健康保険の適用を受けられないというわけではなく、「第三者行為による傷病届」という書類を提出すれば、健康保険を適用して治療を受けることができます。
上記のように、交通事故の中でも、それが業務中の事故で労災が適用される場合には、健康保険を利用することができません。
また、酒酔い運転や無免許運転など、悪質な法令違反行為をしていて自分がケガをした、という場合にも、健康保険の適用を否定されることがあります。
これらに対し、一般的な交通事故のケースでは、問題なく健康保険を適用することができます。
病院側から断られるケース
健康保険を使って通院できることは、国も認めていることですが、病院によっては健康保険の適用を断るところがあります。
それは、以下のような理由によります。
健康保険を適用すると、十分な治療ができない
1つには、健康保険を適用すると、保険の範囲内の診療方法に限定されるので、十分な治療を行うことができない、というものです。
交通事故では、高度な治療を要する症状も多く、健康保険の適用される治療に限定すると、患者にとって最善の方法をとることができないというのです。
ただ、患者自身が健康保険の適用を望んでいるのであれば、このような理由によって健康保険の適用を断るのは、不合理と言えるでしょう。
収益が減る
2つ目の理由は、健康保険を適用すると、病院の収益が減ることです。
健康保険を使った診療の場合、点数計算方法が固定されて、1点10円となります。これに対し、自由診療の場合には1点20~30円に設定している病院が多いです。
単純に、自由診療なら収益が2倍、3倍になるということですから、病院がなるべく健康保険の適用を避けたいと考えるのは、自然なことと言えます。
しかし、そのような理由で健康保険の適用を否定されると、交通事故被害者にとっては大きな問題です。
そもそも、交通事故後の治療に健康保険を利用できることは国も認めていることなのですから、「収益が下がる」などという理由によって病院が健康保険適用を否定することは、考えようによっては、診療拒否行為にも相当する行為だとも言えるのです。
なお、医師が正当な理由なく診療を拒絶することは、医師法19条によって禁じられています。
病院に健康保険適用を否定されたときの対応方法
それでは、病院から健康保険の適用を否定されたら、被害者としてはどのように対応したら良いのでしょうか?
病院と交渉する
この場合、まずは、病院と交渉してみることが考えられます。
国(厚生労働省)が交通事故の治療に健康保険を使えることを認めていることを説明し、健康保険組合に提出した「第三者行為による傷病届」の写しを提示して、健康保険の適用を求めましょう。
転院する
交渉をしても、病院が頑なに健康保険の適用を認めない場合には、転院をおすすめします。
交通事故の通院先の病院には、将来症状固定したときに「後遺障害診断書」を作成してもらったり、後遺障害等級認定の手続きに協力してもらったりする必要があります。
効果的に後遺障害等級認定を受けるためには、交通事故患者に理解のある病院を選ぶことが重要です。
ところが、そもそも、交通事故患者に認められている健康保険の適用すら認めないような病院が、後遺障害認定の際に協力してくれることは期待しにくいです。
そうであれば、健康保険の利用を断られた時点でそのような病院に見切りを付けて、より協力的な病院に転院しておいた方が、将来のためになります。
健康保険を利用するメリット
後から治療費を相手に請求できるなら、健康保険を使わなくても同じでしょ?
健康保険を利用するメリットについて、調べてみよう。
以下では、交通事故後の治療に健康保険を適用するメリットをご説明します。
負担額が低くなる
1つ目は、患者の負担額が低くなることです。
健康保険を適用すると、1点10円に固定されるので、そもそもの診療費用が安くなります。
それだけではなく、通常7割の分は健康保険組合や市町村が負担するので、患者の負担分は3割のみとなります。
このことにより、被害者は楽に治療を続けられることになり、毎日通院することなども可能となります。
慰謝料が高くなる
健康保険を利用すると、治療費のうち7割は健康保険から支払ってもらうことができます。
相手の自賠責保険に請求するのは、残りの3割になります。
また、そもそも発生する診療費自体の金額が、自由診療のケースより安いです。
そこで、自賠責保険を適用して自由診療で10割の支払いをしてもらうよりも、治療費に充てられる部分を大きく減額することができます。
このようにして、あまった枠を入通院慰謝料に回すことにより、入通院慰謝料を増やすことができます。
この方法は、相手が任意保険に加入していない場合に特に有効です。
自賠責の傷害補償の枠は120万円しかないので、その枠を、治療費と入通院慰謝料に割り当てないといけません。
このとき、治療費を低く抑えると、その分多く入通院慰謝料を受けとることができるからです。
過失割合が高くても、治療費を支払える
次に、被害者の過失割合が高いときのメリットです。
被害者の過失割合が高い場合、加害者の自賠責保険を利用すると、重過失減額が行われるため、十分な費用を支払ってもらうことができません。
被害者の過失が100%の場合、そもそも相手に治療費の請求をすることができなくなります。
これに対し、健康保険には過失相殺や重過失減額がないので、被害者の過失がどれだけ高くても、問題なく通院を継続することができます。
健康保険を利用するデメリット
デメリットについても詳しく見てみよう。
ただし、健康保険を利用すると、一定のデメリットもあります。
診療内容が限定される
それは、診療内容が限定されることです。
健康保険を適用すると、保険が適用される治療方法しか受けることができません。
難しい症例のケースで、高度な医療を要する場合には、健康保険が適用されない治療が必要になることもあります。
そのような場合、健康保険では必要な治療を受けられない可能性があります。
どのような治療が必要かについては、病院の担当医師とよく相談をして決定しましょう。
負担額が発生する
健康保険を利用すると、1~3割の負担額が発生します。
相手の自賠責保険を使うと、負担額は0円ですから、それと比べるとデメリットと言えます。
健康保険の利用は、相手が治療費を打ち切ってきたときなどに有効な対処方法と言えるでしょう。
健康保険を利用する場合の手続き
もし先に治療を受けてしまっている場合には、出来るだけ早く、加入している健康保険に問合せをしよう。
交通事故で健康保険の適用を受けるためには、健康保険組合(社会保険の場合)や共済組合(共済保険の場合)、国民健康保険の場合には市町村に対し「第三者行為による傷病届」を提出する必要があります。
書式については、各健康保険組合や市町村に用意されているので、取り寄せて自分で作成しましょう。
書式に従って、傷病名や交通事故の発生日時、場所、相手の氏名・住所など、必要事項を書き入れていけば、完成します。
第三者行為による傷病届を提出する前に病院で治療を受けてしまった場合にも、健康保険は適用されます。
その場合、速やかに届を提出しなければならないことになっています。
健康保険を利用する場合の注意点
窓口で支払った分の領収証をとっておく
健康保険を利用するときには、被害者にも3割(場合によっては1割)の負担が発生することに注意が必要です。
完全に無料になるわけではないのです。
そこで、被害者が負担した金額については、後に、加害者の保険会社に対し、支払い請求をしなければなりません。
3割の負担分を病院で支払うと、その分の領収証が発行されるので、それらについてはきちんと保管しておくことが大切です。
交通事故で、治療費が相手から支払われるのは、示談ができたタイミングとなり、治療費を払ったときからは相当後になってしまうことが多いです。
その間、領収書類は、なくさないように、まとめておきましょう。
診療報酬明細書の開示が面倒になる
健康保険を利用すると、診療報酬明細書の開示請求が面倒になります。
診療報酬明細書とは、治療費の明細が書かれている書類で、交通事故で最終的な治療費算定の際に必要となります。
自賠責保険を利用した自由診療であれば、診療報酬明細書は病院に保管されているので、開示は割合と簡単です。
これに対し、健康保険を利用していると、健康保険組合に対して診療報酬明細書の開示請求をしなければならないので、かなり面倒な作業となります。
まずは、診療報酬明細書の開示請求を行い、開示の決定があった後、住民票などを添付して郵送の申請をするか、窓口に受取に行く必要があります。期間も1ヶ月以上はかかります。
健康保険の傷病手当金について
事故により、仕事ができなくなってしまった場合には、傷病手当金をもらえるんだ。
だけど、傷病手当金は、賠償金から控除されてしまう事になるから、注意しよう。
交通事故に遭って仕事ができない期間が発生すると、健康保険から「傷病手当金」を受けとることができるケースがあります。
治療について健康保険を利用せず、自費や自賠責保険を使って治療を受けたケースでも、傷病手当金を受けとることは可能です。
傷病手当金が給付されるのは、以下の要件を満たす場合です。
- 業務とは異なる病気や怪我で療養をしている
- 療養のため、仕事ができない
- 療養のために、仕事を4日以上休んでいる
- 給与の支払いが行われていない
支給期間
傷病手当金は、支給開始日から数えて1年6か月の間、支払われます。
支給金額
支給金額は、標準報酬月額の3分の2に相当する金額です。
損益相殺
健康保険の傷病手当金は、交通事故の休業損害に相当するお金ですから、2重取りは認められません。
傷病手当金給付を受けとると、その金額は、損害賠償金から控除されることになります。
治療費が支払えない場合の対応方法
交通事故後の治療には、健康保険を利用することができますが、健康保険を使っても3割負担が発生するので、その支払いが困難になることがあるでしょう。
そのような場合、以下のような方法を検討しましょう。
仮渡金制度を利用する
1つ目は、自賠責保険の仮渡金制度を利用する方法です。
仮渡金制度とは、示談が成立する前に、仮に相手の自賠責保険から賠償金の一部を受けとることができる制度です。
傷害の程度に応じて、5万円~40万円の一時金を受けとることができるので、治療費の支払に充てることができます。
自分の自動車保険を利用する
被害者が自動車保険に加入している場合、人身傷害補償保険や搭乗者傷害保険、無保険車保険などから保険金の支払いを受けることができる可能性が高いです。
こうした保険金が支払われる場合、示談が成立する前に受けとることができるので、治療費の支払に充てることができます。
特に、搭乗者傷害保険は、計算方法が一律なので、早期に支払われやすいです。
労災を利用する
業務中の事故のケースでは、労災保険を利用しましょう。
労災保険を利用すると、患者の負担額は0円になるので、非常に楽に通院を継続することができます。
労災の申請書を作成して、所轄の労働基準監督署に提出すると、労災給付を受けることができます。
まとめ
手続きは大変そうだけれど、少しでも立て替えるお金が少なくなるから、健康保険を利用した方が良いんだね!
今回は、交通事故の治療と健康保険について、解説しました。
交通事故後の治療に健康保険を利用することはできますし、それによって得られるメリットも大きいです。
相手の保険会社から治療費の支払いを打ち切られたら、是非とも利用を検討しましょう。
交通事故後の治療方法で迷ったら、交通事故に詳しい弁護士に相談すると良いでしょう。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。