交通事故が原因でケガをすると、被害者は入通院をして治療を継続することになります。
このとき、ケガの程度が軽いにもかかわらず、不相当に長く通院を継続すると、問題が発生します。
ときには「保険金詐欺」と言われてしまうこともあるので、注意が必要です。
普通に通院をしているのに、突然「詐欺」などと言われたら、一般の方は仰天してしまうでしょう。
今回は、交通事故の保険金目的で通院をする問題について、考えてみたいと思います。
目次
交通事故による慰謝料のぼったくりとは?
「交通事故によって、慰謝料をぼったくろうとする被害者がいます。」
事故後、自動車保険会社と示談交渉をしていると、示談担当者からそのような言葉を聞かされることがあります。
一体、どういうことなのでしょうか?
このことは、交通事故の「入通院慰謝料」と関係があります。
入通院慰謝料とは、交通事故でケガをして、病院で入通院治療を受けると、その期間に応じて発生する慰謝料です。
入院期間や通院期間が長くなればなるほど、金額が上がります。
たとえば、打撲などの軽傷のケースでの、通院月数ごとの入通院慰謝料は、以下の通りです。
1ヶ月 | 2ヶ月 | 3ヶ月 | 4ヶ月 | 5ヶ月 | 6ヶ月 | 7ヶ月 | 8ヶ月 | 9ヶ月 | 10ヶ月 | 11ヶ月 | 12ヶ月 | 13ヶ月 | 14ヶ月 | 15ヶ月 |
19万円 | 36万円 | 53万円 | 67万円 | 79万円 | 89万円 | 97万円 | 103万円 | 109万円 | 113万円 | 117万円 | 119万円 | 120万円 | 121万円 | 122万円 |
このように、通院期間が延びると慰謝料が上がるので、できるだけ長い期間、通院を続けようとする人がいます。
もちろん、治療のために必要があるので通院しているのなら、何の問題も無いのですが、不必要に通院期間を長引かせようとする被害者がいるので、保険会社は警戒しているのです。
多くの交通事故被害者の方は、そのような悪意を持っていることはありません。
むちうちなどになって普通に病院や整骨院に通院を続けています。
ところが、通院期間が長くなると、損害保険会社から
「実際には通院は不要ではないか」
「ほとんど治療らしい治療をしていないのではないか」
などと言われて、「慰謝料のぼったくり」を疑われてしまうことがあるので、注意が必要です。
保険金詐欺とは?
交通事故でも、保険金詐欺になるケースがある
実際に、交通事故被害者が長期間通院を続けていると「保険金詐欺」と言われてしまうことがあるのでしょうか?
一般に、「保険金詐欺」というと、テレビなどでも大事件として報道されることが多いので、いきなり「交通事故の治療で保険金詐欺になるかも」などと言われると、怖くなってしまう方がいるでしょう。
保険金詐欺は、保険会社を騙して誤解を生じさせ、保険金を詐取することです。
そこで、もし、治療を受けていないのに治療を受けたとして保険会社に申告をして、保険金(慰謝料や治療費)を払わせたら、保険金詐欺になります。
また、事故が起こっていないのに、事故が起こったことを偽装して保険会社に申告し、治療費や慰謝料を支払わせた場合にも、やはり保険金詐欺になります。
交通事故の保険金詐欺のパターン
実際によくある保険金詐欺のパターンをご紹介します。
当たり屋のケース
1つは、いわゆる当たり屋のケースです。
当たり屋とは、容疑者となる人物が、自分からわざわざ交通事故に遭い、保険会社から高額な保険金を獲得しようとする人のことです。
たとえば、ゆっくり走っている車に接触したり、腕を打撲したりして、小さな交通事故に立て続けに遭い、それぞれについてやたらと長い期間通院を継続して、高額な入通院慰謝料を請求するのです。
このような当たり屋に対しては、保険会社も厳しい対応をします。
被害者が故意に交通事故を引き起こしたことが疑われる場合には、保険会社も当初から治療費を負担せず、もちろん後に入通院慰謝料を支払うこともなく、保険金支払いを拒絶します。
ただ、故意ではなく、不運にも続けて交通事故に遭ってしまうことはあります。
そういった場合でも、保険会社からは「当たり屋ではないか?」と思われて、当初から厳しい対応をされることがあるので、注意が必要です。
>交通事故示談交渉に注力しているおすすめの事務所一覧【徹底調査】
整骨院が保険金詐欺を行う
もう1つ、あり得るのが整骨院による保険金詐欺です。
こちらの方は、本当に刑事事件になることも多いです。
整骨院の先生が、本当は通院していない日にまで通院したことにしたり、本当は行っていない施術の内容を追記したりして、高額な診療費用を請求するのです。
この場合、患者がいつまででも通院を続けてくれた方が院にもうけが出ますから、もはや通院の必要がなくなっていても、いつまででも通院に来させます。
患者本人は、かかっている先生がそのような不正を行っていることを知らないことが多いです。
しかし、保険会社から見ると、不審な方法で通院が継続するので「これは保険金詐欺ではないか?」と疑います。
実際に整骨院に容疑がかけられ、警察や関係機関に届出をして調査が入ると、整骨院が不正請求を行っていることが判明します。
そのときには、通院していた患者も「共犯ではないか?」と疑われてしまいます。
患者としては、まじめに通院を続けて治療を受けていたつもりだったのに、いきなり詐欺の共犯扱いされるのですから、大変な迷惑となります。
きちんと説明しないと、本当に詐欺の共犯で逮捕されてしまうかもしれませんし、当然、虚偽の治療分に関する慰謝料は受け取れないことになります。
以上のように、まじめに通院をしているだけでも、保険金詐欺に巻き込まれることがあります。
ただ、自分が詐欺に関わっていないなら、焦る必要はありません。
保険会社との示談交渉中に、相手から突然「保険金詐欺の事案があって…」などと言われても、落ち着いて対応しましょう。
自分では対応に困ったら、弁護士に相談し、弁護士回答を得ることをお勧めします。
保険会社から警戒されている医師もいる
保険金詐欺ではありませんが、保険会社から警戒されている医師もいます。
そういった医師は、虚偽の診断書や診療報酬明細書を作成したりはしませんが、患者から言われるがままに、大げさに重い内容の診断書を作成したり、いつまでも症状固定したと言わずに通院を許してしまったりします。
そのような医師が担当すると、保険会社にしてみたら、本来より高い等級の後遺障害を認めることになったり、不必要な治療費や入通院慰謝料を支払わなければならなくなったりするので、注意されるのは当然です。
ただ、こういった医師は、患者のために一生懸命になっている可能性もあり、一概に悪質であると決めつけることは難しいです。
また、患者の側から、どの医師がどのような方針であるかはわからないので、医師を選ぶときには、さまざまな情報を集めて、信頼できる人を探す必要があるでしょう。
交通事故に注力している弁護士は、医師と提携していることも多いので、どこの病院にかかったら良いか迷っているなら、一度弁護士に相談してみるのも良いと思います。
単に通院が長びいているだけでは、保険金詐欺にならない
それでは、上記のような悪質な事例ではなく、普通に通院が長びいているだけで、保険金詐欺が成立することはないのでしょうか?
これについては、基本的に心配する必要はありません。
交通事故によって実際にケガをして、医師によって治療が必要と判断されている限り、通院がどれだけ長びいても、保険金詐欺になることはありません。
相手の保険会社は、通院期間が長引くと、「最近、保険金詐欺事案もあるので、注意している」などと言ってきますが、それは、早めに通院を辞めさせて、治療費や慰謝料を値切ろうとしていることが多いです。
そのような言葉に乗っかって本当に通院を辞めてしまったら、本来受けるべき治療を受けられなくなってしまいますし、本来請求できる入通院慰謝料も請求できなくなってしまいます。
治療費や慰謝料が正当な金額であるかの判断基準
交通事故では、必要以上に保険金を取ろうとする被害者がいるのは事実ですから、保険会社も十分警戒をしています。任意保険会社だけではなく、自賠責保険会社でも、詐欺かどうかの判断を行う事になります。
実際に、計算された入通院慰謝料が正当な金額であるかどうかを判断するためには、どのような手法がとられているのでしょうか?
怪我の内容や程度と通院期間に相当性がある
まずは、ケガの内容や程度が問題となります。
治療費や慰謝料が適正であると言えるためには、ケガの程度や内容からして、通院期間が相当であることが必要です。
たとえば、事故当時、軽く打撲しただけであったにもかかわらず、半年や1年以上通院を続けるのは、不自然と言えるでしょう。
そのような場合、保険会社から、「そろそろ治療は終わるはずです」と言われて、治療の打ち切りを打診され、最終的には治療費を打ち切られます。
被害者が、自分で費用を負担して治療を継続しても、後に、「不必要な通院治療であった」ことになると、その分の治療費はもらえない可能性がありますし、もちろん入通院慰謝料を請求することもできません。
通院の頻度
通院の頻度も重要です。
入通院慰謝料は、通院期間に応じて支払われるものですが、期間中毎日通院している必要はありません。
基本的には、最終の通院日までの分、月ごとに期間が計算されます。
しかし、あまりに通院頻度が低い場合、「治療は不要であったのではないか?」と考えられます。
たとえば、1ヶ月に1回しか通院していなければ、もはや治療は終わっていると言われても仕方ないでしょう。
そこまで極端でなくても、実通院日数があまりに減ってくると、通院期間ではなく実通院日数の3.5倍の日数を、通院期間として計算されることがあります。
通院時に行っている治療の内容
通院時に実際に行っている治療内容も、重視されます。
実際に、症状を改善するために有効な治療が行われていたら、治療は相当と言え、慰謝料も発生しますが、実際にはほとんど何もしていない、という場合には、治療は本来不要だという判断に傾きます。
たとえば、医院に行っても特に何の処置も受けず、痛み止めのシップをもらって帰るだけ、という状況が続いていたら、その期間は治療日数に含めてもらえない可能性があります。
保険会社が、治療費目当てであるかどうか判断する方法とは?
保険会社は、被害者が治療費や慰謝料目当てであるかどうか、判断することはできるのでしょうか?
この点、明確に「これを見たら、詐欺がわかる」という資料はありません。実際には、上記のような状況から見て、総合的に判断をしています。
たとえば、以下のような事情があると、治療費目当ての不当な通院をみなされる可能性があります。
- 短期間に、何度も事故を繰り返していて、毎回、受傷内容が軽い
- 受傷の程度が低いのに、いつまでも通院している
- 整骨院への通院が長びいている
- 通院頻度が低い
- 通院しても、目立った治療を行っていない
ただ、上記のような事情があっても、不当な治療費・慰謝料目当てではないこともあるので、そういったケースでは、「不当」と疑う保険会社と「不当ではない」と主張する患者との間でのトラブルにつながります。
保険金詐欺と言われないための対処方法
交通事故被害者の立場として、保険金詐欺と言われないためには、どのようなことに注意したら良いのでしょうか?
病院選びを慎重に行う
まずは、通院する病院を慎重に選びましょう。
大多数の病院はまともな対応をしますが、中には適当な対応によって、保険会社から目をつけられている医師もいます。
また、適切に治療を受け、後遺障害の認定を受けるためには、交通事故患者に理解のある医師にかかることが重要です。
ネットの口コミなどを見て、自分の目で見て医師を選ぶのも良いですし、交通事故トラブルに強い関心を持つ弁護士に紹介してもらうのも良いでしょう。
ある程度以上、頻繁に通院する
保険会社に警戒されないためには、ある程度以上、頻繁に通院を続けること重要です。
忙しいと、どうしても通院頻度が減ってしまいますが、そうすると、「本来不要な治療ではないか?」などと言われてしまうおそれがあります。
できるだけ、週3~4回以上を目途として、通院を継続しましょう。
医師に、どのような症状があるのか、きちんと伝える
診察を受けるとき、医師に症状の内容をきちんと伝えることも大切です。
その日にたまたま痛みが引いていたからと言って「痛くないです」などというと、そのことがカルテに残ってしまいます。
すると、後になって「このとき、もう治っていたのではないか」などと言われて、治療費や慰謝料の支払を拒絶される可能性があります。
また、交通事故の受傷内容と矛盾する症状を言ったり、症状に変遷があったりする場合にも、治療費や慰謝料を支払ってもらえないことがあります。
病院に行ったら、意識して症状の内容をわかりやすく伝えることが大切です。
整骨院に行くときには、必ず医師による同意を得る
交通事故でむちうちなどになると、整骨院にかかることが多いです。
整骨院における治療費も保険請求することができますし、整骨院にかかっていた期間の入通院慰謝料も、相手に支払ってもらうことができます。
しかし、整骨院では、通常の病院よりも治療が長びく傾向があり、ときには不正を働く院もあることもあって、保険会社は厳しい目で見ています。
整骨院で治療を受けるときには、最低限、必ず医師による同意や承諾を得ておくことが必要です。
医師が承諾していないのに、自己判断で整骨院や接骨院に通院すると、慰謝料どころか治療費も支払ってもらえず、全額自腹になってしまう可能性もあります。
柔道整復師など、医師が診察をしないような場所での治療は治療費として認められていません。
保険会社から治療費を打ち切ると言われた場合の対処方法
保険会社が治療費を打ち切ることがある
被害者自身は保険金をぼったくろうなどと考えていなくても、保険会社が勝手に「通院が長すぎる」と判断して、治療を辞めるように言ってきたり、治療費の支払いを打ち切ったりすることがあります。
このような場合、被害者の中には「保険金詐欺と思われているのか?」などと怖くなって、通院を辞めてしまう人がいます。
また、治療費を打ち切られてしまったら自分で立て替えるしかありません。
自分で治療費を払っても、治療を継続すべき
ただ、大多数のケースでは、このような場合に治療を辞めるべきではありません。
保険会社は、治療が少し長びくと、神経質に「治療を辞めるように」「症状固定して示談を始めたい」と言ってくるものだからです。
被害者による正当な治療であっても、通院期間が長びくと、その分治療費や入通院慰謝料の負担が増大するので、保険会社にとっては痛手です。
そこで、なるべく早めに治療を辞めさせるために、治療費支払いを打ち切るべきと言う社内マニュアルがあるのです。
保険会社から治療費を打ち切られた場合、被害者が自分で治療費を支払って、通院を継続すべきです。
このとき、実費負担だと厳しくなるので、健康保険を使いましょう。
後で、相手に治療費と入通院慰謝料を請求できる
被害者が負担した治療費については、後に相手の保険金請求することができますし、治療期間に対応する入通院慰謝料も支払ってもらうことができます。
もし、相手の損保会社の言うままに治療を辞めてしまったら、必要な治療を受けられずにケガが放置されることになる上、本来受け取れる入通院慰謝料まで減額されてしまうので、大きな不利益を受けます。
治療費を打ち切られても、必ず医師が「症状固定」したと言うまで、通院を継続しましょう。
まとめ
今回は、交通事故の通院が「保険金詐欺」と言われることがあるのか、解説しました。
普通に通院が長びいているというだけで、保険金詐欺になることはありませんが、通院が長くなってくると、保険金の不当請求を疑われたり、治療費の支払いを打ち切られたりすることがあります。
不利益を避けるためには、当初から信頼できる医師を見つけて、適切な方法で通院治療を続けることが得策です。
交通事故トラブルに強い関心を持つ弁護士なら、良い医師を紹介してもらえることもあるので、是非とも一度、専門家に相談してみると良いでしょう。
福谷陽子
京都大学在学中に司法試験に合格し、弁護士として約10年間活動。うち7年間は独立開業して事務所の運営を行う。
実務においては交通事故案件を多数担当し、示談交渉のみならず訴訟案件も含め、多くの事件に関与し解決。
現在はライターとして、法律関係の記事を執筆している。
■ご覧のみなさまへのメッセージ:
交通事故に遭うと、今までのように仕事を続けられなくなったり相手の保険会社の言い分に納得できなかったりして、被害者の方はさまざまなストレスを抱えておられると思います。
そんなとき、助けになるのは正確な法律知識とサポートしてくれる専門家です。まずは交通事故の賠償金計算方法や示談交渉の流れなどの基本知識を身に付けて、相手と対等に交渉できるようになりましょう。
お一人で悩んでいるとどんどん精神的にも追い詰められてしまいます。専門家に話を聞いてもらうだけで楽になることも多いので、悩んでおられるなら一度弁護士に相談してみると良いと思いますよ。